〝キャッシュレス〟は業界を救うのか? 最適4モデルを徹底検証(前編)
2026.05.18 / ホール日遊協・西村拓郎会長が2027年の導入を視野にキャッシュレス推進を表明し、業界内で議論が加速している。本企画は「キャッシュレス導入の是非」を問うものでなく、「どの方式なら実装可能か」を明らかにすることを目的とする。キャッシュレスの評価軸(必須条件)「規制上許容される」「のめり込み防止が担保される」「ホールのコストに見合う」「ユーザー利便性が向上する」の4点をもとに、ホールに相応しい4つの主要モデル【プリペイド型、クレジットカード型、アプリ・QR決済型、JPYC(デジタルマネー)】を検証する。前編ではまずキャッシュレス決済に対する政府の方針とさまざまな業種や意外な場所で活用されている事例を紹介する。
PART 1/キャッシュレス決済・政府の方針
パチンコ業界に迫る〝決断の時期〟
「目標は2025年6月にキャッシュレス40%!」ー政府の掛け声を冷ややかに見ていた人たちも、2021年に前倒しで達成できた現実を前に言葉を失った。
きっかけは2019年
「意外と簡単だったよ」
そう笑ったのは安倍晋三元首相だ。戸越銀座商店街でキャッシュレス決済の導入状況を視察した際のコメントだ。サーモンやカンパチなどの刺身を電子マネーで購入し、次に花束をQRコード決済で購入したと当時の日本経済新聞(2019年2月2日)は伝えている。
キャッシュレス先進国といえばもちろんアメリカだ。1950年代、財布を忘れた事業家が「ツケ(後払い)」で支払えるシステムを考案したのが起源とされる。複数のレストランで後払いのできる「ダイナースクラブ」が設立された。1958年になると バンクオブアメリカが後のVISAカードの前身となるカードを発行し、銀行系カードが急速に広まった。
近年、中国で広まったのが「QRコード決済」だ。日々の買物からバス運賃までQRコードで決済される仕組みが、経済ニュースでも大々的に紹介された。ところが日本では保守派を中心に、「中国は現金に信用がないだけだろ」と笑い飛ばす風潮があったのだから驚く。確かに日本の現金は偽造防止技術において世界トップレベルだが、いざキャッシュレスが世界的な流れになると、現金への信用と信奉が普及の妨げになってしまった。
そこで政府は2019年10月に予定する消費税増税の緩和策として、キャッシュレス決済であればポイント還元する方針を打ち立てた。目標は2025年6月までにキャッシュレス決済比率を40%とすること。無謀だとする声も多かったが、2021年の段階で4年も前倒しで実現した。その額なんと95兆円だった。
導入が爆発的に伸びたきっかけは政府のポイント還元策だけでなく、直後に発生したコロナ禍だろう。直接接触する現金に対し、高齢層を中心に忌避感が生じた。キャッシュレス決済浸透のハードルと見なされていた高齢層が現金決済からの移行を進めたことで、政府目標の前倒し実現も可能となったのである。事実、60代以上のキャッシュレス決済比率も4割を超えた。
現金がマイナー決済手段へ
民間主導だったアメリカや中国と違い、日本は政府主導。ここにある種の国民性を見る。日本人は新しいことを導入するのに躊躇するものの、方向性が決まったら一気呵成に推し進めがちだ。
キャッシュレス決済は政府が日本人の背中を押した。99%の韓国、84%の中国と比べると低水準であるものの、非現金化への大きな流れは変わらない。クレジットカードやQRコードに加え、日本独自の技術で安全性に優れるFeliCaを用いた非接触型ICカード(SuicaやPASMO)も、少額決済の雄として利用件数を伸ばし続けている(※図1参照)。
キャッシュレス決済は「あればいい」から「ないと困る」ものへ変化しようとしている。政府が新たに打ち立てた「2030年に普及率65%」の目標は容易に達成するだろう。事実、2021年に40%を突破したキャッシュレス決済比率は、2025年に58%(162.7兆円)へ達しているのだ(※図2参照)。
現金がマイナーな決済手段となる日はいずれやって来る。その時、現金しかないパチンコ業界はどうあるべきか。国民の利便性に応えるのか、現金の聖域として残り続けるのか。いずれにせよ、決断の時期は迫っている。
PART 2/キャッシュレスの現在地
〝意外なところ〟でキャッシュレス決済
これまで現金が当然と思われていたジャンルにもこのところキャッシュレス決済が広がっている。そんなキャッシュレス決済のあれこれを紹介する。
CASE01/神社仏閣:境内に響く「ペイペイ!」の声
浄土宗大本山増上寺。芝公園にある東京を代表する仏閣が、2024年からPayPayでの賽銭を導入した。1円から30万円まで可能で、境内にあるPayPayのQRコードを読み取ることで賽銭できる。今までもお守りやお札、御朱印のような物販にはクレジットカードや交通系ICカードを利用できたが、賽銭ではこれらを使えない。あくまでも商品購入やサービス提供の対価として支払うツールであり、対価を求めない〝賽銭〟は想定されていないのだ。
賽銭は物販ではない。ゆえに非課税であり、寺社にとっては非常にありがたい収益である。クレカを使うことで賽銭にまで課税されてはたまらない。そんな中PayPayは〝決済〟ではなく〝送金〟の仕組みを使うことで課税問題を解決した。PayPay経由の賽銭はただの送金ゆえ非課税であり、現在のところ手数料もかからない。
メダルを投入する賽銭!?
古来から寺社を悩ませているのが〝賽銭泥棒〟だ。中身を抜き取るだけでなく、賽銭箱まで破壊してしまう。24時間監視するだけの余力がない寺社にとってキャッシュレス賽銭はありがたい。
名古屋大須の万松寺では、PayPayどころか交通系ICやiD、auペイやLINEペイにまで対応している。仕組みは非常に独創的だ。参拝者は境内の自販機で1枚500円のメダルをキャッシュレスで購入。これを賽銭箱へ投入するのだ。物販にあたるため課税されるものの、500円と(賽銭としては)高額なため税負担を上回る収入となる。何より、賽銭箱を荒らしたところで入っているのは金銭的な価値のない、他所で使用不可能なメダルだから窃盗・破壊の心配がないのだ。賽銭に関するフローから現金を排除してあり、画期的な取り組みとしてマスメディアでも取り上げられた。何より、メダルとはいえ金属製のコインを投入する感覚を味わえるため、「ペイペイ!」の声で賽銭が完了してしまう味気なさも軽減される。
参拝の際、現金を用意することなくお賽銭などに「PayPay」を利用できる神社や寺院も(左)。万松寺は賽銭用コインのキャッシュレスコイン「Banshoji Coin」を2023年3月から導入(右)。
CASE02/フリマ、コミケ、PTA:小規模取引の現場にも
キャッシュレス決済の浸透により、ビジネス用途だけでなく個人用途でも利用できるようになってきた。最近ではコミックマーケットのような同人誌即売会でも、キャッシュレスに対応するサークル(出展者)が登場した。利用しやすさや審査の通りやすさ、初期コストや解約時の違約金0円で重宝されているようだ。実際のサークル運営者に話を聞くと、クレカ利用者は少なく、QRコード決済が多いとのことだ。
フリーマーケットでもキャッシュレス決済対応を見かけるようになった。PayPayは機器不要でコスト0円。導入速度も速い。スクエアはカードリーダー4980円を要するがクレカ決済にも対応し審査に通りやすい。エアペイは審査こそ通りにくいものの、カードリーダー0円で70種類以上の決済ブランドに対応する。数百円の雑貨でもキャッシュレスで支払えるのは便利だが、手数料が利益を圧迫するという現実がある。特に単価の低い取引ほど影響は大きい。小規模経済における利便性と収益性のせめぎ合いは今後も続くだろう。
客がQRコードを読み取り、会計の金額を入力→出店者がお会計の金額を確認する。
教育・公共分野にも波及
さらに驚くのは、PTA会費のキャッシュレス化だ。一般社団法人全国PTA連絡協議会では集金の手間を長年の課題としていた。 決済データの作成に管理、入金消し込み作業に未納者チェックや督促など、集金事務担当者の負担が大きい。これを軽減しようとする取り組みだ。
同様に学校給食費のキャッシュレス化も始まっており、給食費を納めない保護者に対しては決済会社から請求が届く仕組みとなっている。保護者側も、クレジットカードや口座振替など多様な決済方法を選択できるためメリットがある。
近年、金融機関は小銭の両替に手数料を徴収するようになった。今後は一層、現金の出番は減っていく。我々の常識では考えられなかった分野にまでキャッシュレス決済は広がっていくだろう。
CASE03/ドリンク自販機、コインランドリー 自販機業界の明暗
2024年から始まった新紙幣の発行にともない、千円札非対応&キャッシュレス決済対応の自販機が一気に増えた。特に観光地ではインバウンド向けにクレジットカード対応機種が増え、コカコーラではCoke ON Pay、サントリーはジハンピと、アプリを起動するだけでドリンクを購入できる仕組みも増えている。
一方、これまで自販機一本足打法で安定した売上を記録してきたダイドードリンコは苦境にあえぐ。早くからキャッシュレス対応自販機をそろえてきたが、コンビニのドリップコーヒーやドラッグストアの安売りに押され、販売不振に陥った。電気代高騰やガソリン代高騰による配送費上昇が追い打ちをかけ、2025年度は303億円もの赤字を計上。全国2万台の自動販売機を2026年度末までに撤去・縮小することを決めた。サッポロHDもまた、ポッカブランドの自販機を売却することを決めている。キャッシュレスに対応すれば生き残れるというほど甘くはない。そんな現実をドリンク業界は教えてくれている。
コインランドリーの脱「コイン」化
「コイン」を名乗りながらもキャッシュレス化が進むのがコインランドリー業界だ。神社の賽銭箱と同様、深夜における窃盗被害に悩まされてきた。深夜営業・無人運営との相性がよく、オーナーにとっては人件費削減と防犯性向上を見込める。利用者側も小銭の準備が不要でストレスが減る。大手コインランドリーWASH HOUSEを始め導入が進んでおり、ビジネスホテルのランドリーコーナーでも導入の動きが見られる。
QRコードで決済できるコインランドリー。運営側は稼働状況を把握したり売上を管理することもできる。
CASE04/路上ミュージシャン 広がるキャッシュレス投げ銭
ギターケースに小銭を投げ入れる代わりに、看板に掲げられたQRコードを読み込んで送金する。そんな光景が珍しくなくなった。現金を持たない観客でも支援でき、インバウンド対応としても機能している。一方で、「その場のノリで小銭を入れる」という衝動的な行為が、スマホでのQRコード撮影というワンクッションを挟むことで冷静になってしまい、体験の熱量が下がるとの指摘もある。テクノロジーは利便性を高めるが、偶発性や空気感を削ぐ可能性もあるのだ。
観客からの投げ銭で生計を得るストリートパフォーマー。非接触型決済で支払えるシステムも普及中。
CASE05/無人販売所 信頼関係から決済へ
地方の道端にある農産物など無人販売所では、料金箱の横にQRコードが貼られていることが増えた。野菜を手に取り、スマホで支払うだけ。釣り銭不要で盗難リスクも軽減される合理性がある。一方、利用者のメインは高齢者であり、スマホ操作に慣れておらずハードルが高い。当面は現金メインとなるだろうが、「地域の信頼関係」で成り立っていた仕組みがテクノロジーに置き換わる過渡期として注目したい。
郊外の農家付近などで見かける無人販売所。小銭の持ち合わせがない時などには便利。
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