アーティスト/guernikaデザイナー乾シンイチロウ氏がジャグラーコラボの舞台裏を語る
2025.04.16 / その他情報パチンコとファッション。一見、交わることのなさそうな2つの世界を、軽やかに、そして本質的につないでみせた男、乾シンイチロウ。

彼が手がけるブランド「guernika」は、手描きのスプレーアートをTシャツに落とし込み、ストリートを歩くキャンバスへと変えてきた。2024年には、「ジャグラー」とのコラボを実現し、現在で第6弾まで発表。価格帯はTシャツ1枚が1万円を超えるようなハイブランドだ。
なぜ彼は、あえてジャグラーを題材に選んだのか。そしてその試みは、業界に何をもたらしたのか。創作の原点とともに、乾氏の哲学に迫る。guernikaがアートの力でキャラクター文化やギャンブルというあいまいな領域を、あえて肯定し、再構築する。彼の姿勢は、パチンコ業界にとっても新しい可能性の扉を開く試みだった。
ファッションとの融合でパチンコを
一段高みの文化へ押し上げる

guernikaのプリントTシャツは1枚安くて9,800円から。ペンキやスプレーなどの画材を用いて日本のポップカルチャーをアパレルで表現するスタイルで、乾氏が直接スプレーアートを描き込む1点ものになると、2万円台後半はくだらないハイブランドだ。服に興味がある人でなければ中々手が出せない価格帯。しかし、それでも売れているのは、乾氏の描くアート表現に共鳴する若いファッション通が全国各地にいるからである。
ジャグラーとのコラボTシャツは、業界としては非常に大きな出来事ではないだろうか。「あのおしゃれな人が着ているジャグラーってなんだろう」「guernikaがコラボしたジャグラーってパチスロだよね?」。そんな会話が各地で巻き起こり、パチンコやパチスロのアイテムを身につけることが若者たちの間で当たり前の光景になっていく。
1000円〜2000円の価格帯で販売されるアパレルも悪くはないが、高い価格だからこそブランド価値が保たれて良いということもある。乾氏のアート手法によって再表現されたブランド価値の高いパチンコ・パチスロのアイテムを、おしゃれな若い人たちが自己表現として身にまとう。これこそ、パチンコ・パチスロの文化的価値を向上させていると言えるのではないか。だからこそ、本企画では乾氏にインタビューを依頼したのだ。

ことの始まりは2022年。乾氏側からの声かけで始まった。当時、北電子とのパイプはまったくなく、企業HPのお問合せフォームから「服をつくりたいので、版権のご相談をさせてもらえますか」と飛び込んだという。
乾氏がguernikaというアパレルブランドを通じて行っているアートは、「日本が生んだ文化をもっと世界に広めていきたい」ということが原点になっている。これまでコラボしてきたのは、手塚治虫ワールド、サンリオ、ビジョンストリートウェア、パック・マン、らんま1/2、ODD TAXI、ジャグラー、ゴジラなどなど。コラボ相手はすべて乾氏が選び声かけをする。

「日本のアニメとか漫画とかは世界でも大人気なんですが、当たり前すぎて日本人が気付かないんですよね。でも、それ自体はもっと誇りに思っていいと思っていて、できる限り世界に広めていきたいんです。その視点で考えると、パチンコ・パチスロも日本のエンタメとして素晴らしいなと思っていて、とりわけジャグラーの『ずっとブレないでやってきている姿勢がこれからも残るんだろうな』『パチスロのアイコンになりうるな』と思っていました」
ジャグラーはアーティストの乾氏から見ても、ビジュアル、言葉の響きなどすべてがポップで、「ツノっちとかも単色オレンジしかないのにバランスが完璧」とアート性の高さを評価する。さらに老若男女に愛されているというのがコラボ相手として一番のポイントだったという。
それからアパレル制作はトントン拍子に進み、2022年10月に第1弾のTシャツがguernikaのオンライストアで発表。9,800円という価格設定に、「その価格では売れないのではないか」と心配されたものの、出してみると反響も良く即完。同年12月にコラボ第2弾として色違いパターンのTシャツをホール限定商品として展開した。この〝ホール限定景品〟というのが乾氏が強くこだわったポイントだ。


「元々、短期間でより多くの人に自分の表現を見てもらう方法について考えていました。バンクシーなど世界で活躍するアーティストを見ると、キャンバスではなく、外に描いている。それも1つの手法だなと。自分が描いた絵の服を着た人が街で歩いているのも新しいストリートアートの表現方法だなと思ってアパレルに進んでいったんです。ジャグラーは、パチスロを打って勝って景品に変えるという過程の中に、もっと楽しいこと詰めれると思ったんですよね。『ここでしか手に入らない』とか特別なルールで集客したりとか、パチスロしないと服を買えないというのは面白いなと思っています」
乾氏はコラボ相手を限定しているわけではない。これまでの実績でいえば、たしかにアニメや漫画など日本のポップカルチャーとコラボをしてきたが、目的はアパレルでそれらを再表現することによって多くの人に自分のアートを知ってもらうことでもある。また、その活動自体を乾氏が面白いと感じるかどうかもコラボ相手選びには重要となってくる。
ジャグラーのコラボTシャツ第1弾・第2弾の好評を受けて、ホールから集客施策として、乾氏に店内でのライブペイントの依頼が持ち上がったことがあったが、結局「乾さんにそんなことさせられないですよね」と立ち消えてしまったことがあったという。

「僕は純粋に『なんでそんな言い方なんだろう』と思ったんですよ。業界の中にいる人たちは、『アーティストがパチンコホールの中で絵を描くとか、そんな敷居の低いことはさせられないんじゃないか』みたいなことを気にされていたようですが、何かそういうコンプレックスがあるんですかね。たしかに性質上、お金がかかる遊びではあると思いますが、カルチャーなんてそもそもお金がかかるもんじゃないですか。パチスロとかおしゃれに演出しているところもあるし、僕はカオスな感じが好きですよ。あれはあれで普段の生活と違うところに飛び込んだ感じで、いいところでもあると思うんですけどね。コラボ相手がパチンコホールだからダメとかそういうことはなくて、規模感次第やと思います。やるんやったら大きくやりたいし、大切なことはお金じゃなく、ムーブメントを起こせるかどうか。アートのいいところって、政治家から浮浪者まで一緒に喋れることですからね」
パチンコ業界に対してこれほど理解のあるアーティストはなかなかいないだろう。子どもの頃から絵を描くのが好きだった乾氏ではあるが、アーティストになろうと決意したのは比較的遅く、表現活動の原点は音楽にあった。高校時代はミクスチャー系のバンドに傾倒し、音楽を通じて感性をアウトプットすることに魅了されていたという。


18歳で渡米してからも、絵ではなく音楽を中心に据えた生活を送っていたが、転機が訪れたのは21歳のとき。日本で開かれたアートコンペに応募し、初めて本気で絵を描いた結果、入賞を果たす。作品は京都文化博物館に展示された。それがきっかけとなり、絵を描くことの面白さと、自分が表現できる手応えのようなものを感じたという。
帰国後も「服をつくる」ことには関心がなく、描くことだけを考えていた乾氏だが、あるアパレル企業のコンペで自作の絵が大賞を受賞したことで、アートとファッションが交差する瞬間が生まれた。
「実は北斗世代」だった乾氏のパチスロ歴 アメリカの大学を卒業してから帰国した20代前半の頃、乾氏は暇を持て余していた時期がある。特にやることもなく、アルバイトの合間に足を運んでいたのがパチンコホールだった。4号機「北斗の拳」などの機種に親しみながらも、最後の一時間だけジャグラーを打つようなスタイルでパチスロには馴染んでいたという。guernikaのブランドを立ち上げた後、友人から「これ乾くんの作った服じゃない?」と、あるYouTubeの動画を教えてもらう。その動画に出ていたのが日直島田氏だった。「着てくれてありがとうございます」とDMでお礼を送ったところから交流が始まったという。アーティストの第一線で活躍しながら、パチンコやパチスロの文化にも明るいというのは業界として貴重な存在だ。 |
ある時、個展を開催した時、「グッズは出さないんですか?」と声をかけられ、試しにTシャツにスプレーで絵を描いたところ、思いのほか反応がよく、それがguernikaの出発点となった。
guernikaというブランド名は、ピカソの描いた反戦画『ゲルニカ』から採られている。高級な画材ではなく、安価で大量に買えるインテリア用のペンキで描かれた作品でありながら、美術史に残る名作として評価されている点に、乾氏は皮肉と逆説の力を見出した。
guernikaのTシャツやパーカーに、スプレーやペンキで絵を描くという表現をしているのは、ピカソの作品にインスピレーションを受けているのだ。
乾氏が着目しているのは、日本人とキャラクターの関係性でもある。アメリカのように宗教的な象徴が日常にある文化とは違い、日本人にとっては子どもの頃に好きだったキャラが、ある種の信仰対象になっているという見立てだ。

「日本って無宗教の国だけど、誰でも幼い頃に好きだったキャラっているじゃないですか。アメリカ人が神や聖人に祈るような感覚で、日本人はそのキャラに思い入れがある。これらは生活に溶け込んでいて、大人になっても好きなんだけど、そのものズバリの服だと気恥ずかしさがあってなかなか表に出せない。それをアートでちょっと崩してあげるんです」
ツノっちもピエロも、ジャグラーに登場するキャラクターたちは、いずれも多くの人たちに愛されているが、パチンコやパチスロのアイテムを堂々と身につけることに人目を気にする人もいる。guernikaは、新たな表現で、大人でも堂々と好きを身につけるきっかけをつくる。
「好きなものを好きって言えない社会って、ちょっと息苦しいと思うんです。僕はそれを解放したい」
guernikaとジャグラーとのコラボは、社会の中で色眼鏡で見られてきたパチンコという概念そのものを一変させるはじめの一歩だ。パチンコのTシャツを着て街を歩くという現象が、誰にとっても違和感のないものとして成立しようしている今、確実に小さな変化を起こり始めている。ジャグラーに限らず、パチンコ業界にはポップで広く知られたコンテンツはある。それをアートというフィルターで再構成することで、自ずと世界にパチンコは拡散していくだろう。

(PROFILE)
乾シンシチロウ◎1983年大阪生まれ。幼少期から言葉よりも絵で表現することに没頭し、アートコンペ入選を機に現代アーティストとしての道を歩み始める。18歳で渡米し、オレゴン大学でBFAを取得。2011年、自身の作品「WhatisBrand?」の一環としてアパレルブランド「guernika」を設立し、アートとファッションの融合に挑戦。2022年には顔を覆うキャラクター「ANONYMOUSE」を発表し、匿名性と自由をテーマに表現の幅を広げた。ペインティングから映像、ファッションまで多様な技法を駆使し、国内外で精力的に活動を続けている。