悲願だった名古屋駅前地購入価格は140億円
2020年、コロナ禍によってほとんどのパチンコホールが売上を大きく落とし、閉店・廃業も加速した。業績は今年に入り回復傾向を示しつつあるが、それでもコロナ前の7割程度しかない。この時期は、大手を含め出店を控え、経費を削減する「守り」の経営で減収をカバーする。それが企業存続の一般的なセオリーだ。2021年末、コロナは収束に向かいつつあるとはいえ、新種株などへの不安は消え去ったわけではない。
そうした中、果敢な「攻め」に転じ、周囲の〝ド肝を抜く〟大型店をグランドオープンするのがキング観光である。
同社の権田淳副社長が言う。
「出店することを決めたのが2018年暮れ。まだ新型コロナなど噂にもなかった時です。ちょうど金山店(編集部注/キング観光サウザンド金山店)のオープン当時でした。当時、会長だった父(2019年に死去)の元に『駅前の中央水産ビルを買ってくれないか』という話がきたのです。ビルには水産業を生業とする人たちの店が100数十店あり、営業している店は数店舗。ほとんどが休業状態で土地・建物ごと売りたいと。その価格は140億円ということでした」
通常であれば、土地・建物などすべて合わせても20〜30億円もあればホールの新規出店が可能である。そう考えると提示価格がいかに破格であるかがうかがえる。
権田副社長が続ける。
「この先、勝ち残っていくためにはとにかく攻めていこうという意識が経営陣にありました。買うことを決めたのは父ですが、名古屋駅前(柳橋)の土地に出店することは長年の悲願だったようです。加えて、三重県の店舗のキャッシュフローなどを計算して、『これならば返済できるな』と踏んだようです。もちろん今まで出店した中で一番高額になりますが、不動産的にも価値がありますから」
そして土地を購入し、出店に向けて計画を進める中、日本中がコロナ禍へと突入する。
「購入直後にコロナ禍になり『一体どうするんだ……』と。そこで、100年前に流行したスペイン風邪を調べてみました。するとちょうど2年間で収束している。それを知って『これだ』と。ちょうどオープンの頃にコロナは収まっているんじゃないかとポジティブに考えました。で、実際に運良く収まってきました。さらに言えば、新店は2022年1月ごろには出したいという話をしたところ、工事業者から『台風がこなければ大丈夫です』という話がありました。運良く今年は1度も台風はきませんでした。まさに天がグランドオープンに味方してくれているような感覚です(笑)」
かくして同社の24店舗目となる「キング観光サウザンド名古屋駅柳橋店(以下、名古屋駅柳橋店)」の着工は、コロナの禍中で2020年2月解体着手、アスベスト除去、上屋解体、2020年8月3日地鎮祭、地下躯体解体、既存杭撤去、新規杭打設、2021年3月基礎工事、地下躯体工事、2021年7月、鉄骨建方と進んでいったのである。
パチンコ発祥の地にふさわしいSNS映えする店舗を
名古屋駅柳橋店は土地・建物、遊技機、設備など諸々を合計すると約220億円の一大プロジェクトになる。「それは新規店舗約7軒分に相当する」と権田副社長は言う。
それだけのコストをかける意図と勝算を聞いてみた。
「名古屋はパチンコの発祥の地と言われています。その駅前の広い土地に店を出すに当たって、恥ずかしい店は絶対に出せません。この地にふさわしい業界内外にも誇れる店を出さなければいけないというホール経営者としてのプライドもあります。勝算ですか? もちろんありますよ。ただ、ライバル店は周辺の他店舗ではなく、弊社の系列店になるでしょう。この金山店を含めてうちの既存店からお客さまが引っ張られるのではないか、という不安はあります。それでも名古屋駅柳橋店の周りにはトヨタ系の会社を含め、オフィスビルや大型商業ビルなどがあります。昼時には勤め人の方がたくさんビルから出てきて、柳橋中央市場周辺でランチを食べています。それを見て『この人たちはパチンコをしないかもしれないが、綺麗でデザイン性の高い外観を見て、興味を惹かれ入ってきてくれるかもしれないと。そのうち何人かでも遊技して、パチンコファンになってくれるのではないか』と期待しています」
そんな期待に応えてくれそうな店舗の内外装は、3年前に出店した金山店でも設計・デザインを担当した一級建築事務所の東京オデッセイ(本社・東京都港区)だ。
「金山店ではこちらからいろいろと要望を言ってそれを反映してもらって良い店ができました。そのノウハウを生かして名古屋駅柳橋店ではさらにその上をいくようなお客さまに響く店になるでしょう。名古屋駅前の大型店だけあって、人々の話題に上るような店舗にしようと私自身も細かい要望やアイデアを出しました。内装も凝っていて、トイレや床などもすべてアメコミ調。SNS映えすることも視野に入れています」
思わず写真を撮ってしまうような店を目指すという権田副社長。パチンコ店内は撮影禁止というのが一般的だが、「それを変えていきたい。インスタとかにもどんどんアップしてもらってもいいんじゃないでしょうか」と従来のパチンコ店の常識を覆すようなコメントも。
最近はSNS上でパチンコ遊技している動画が数多く流れ、それを観ている視聴者も多い。そうした中で、自店でも遊技中の熱いリーチを撮影しているファンがいて、それをダメだと言ってスタッフが止めさせたという話を聞き、「いや、いや。ある程度のルールを守ってもらえば撮らせてもいいんじゃないか。若く新しい人がこれからどんどんホールに入ってくる。生まれた時から身近にSNSがあるような若者たちに動画撮影や、写真を撮ったりするのを禁止するという昭和の考え方ではダメだ」と感じたという。
駅前フラッグシップ店舗で企業ブランドを全国区へ
名古屋駅前の好立地にインパクトある外観や内装、1500台規模のスケール感に最新の設備機器―。そんな同店は商圏範囲をどのように設定しているのか。
「基本的には名古屋市内全域です。ただ、東京や大阪からの出張で名古屋に来る人たちは駅周辺のビジネスホテルに泊まるケースが多い。そんな人たちにも当店でパチンコを打ってもらいたいですね。今回、店名に名古屋駅と付けたのはそんな思いがあるからです。名古屋の人は「名駅」といいますが、他県から来る人にはよく分からない。「名駅? どこですか?」と。こっちでは名古屋大学を「名大」といいますが、東京で「めいだい」といえば明治大学です。それと同じで東京の人でも大阪の人でも分かるように名古屋駅柳橋店としました。理想のターゲットは広く東名阪です。遠くない未来に東京と名古屋を45分で結ぶリニアモーターカーもできますしね」
そう話す権田副社長の言葉尻からは名古屋駅柳橋店の出店を機にキング観光を全国区に押し上げたいという思いも伝わってくる。
「確かにその思いはあります。昔、三重県内だけでやっていたころは、あまり知名度はありませんでした。それが名古屋に出店するようになって名前が知られ始め、そこからSNSを活用するようになるとさらに広く知られるようになりました。知名度や認知度というのは大きなプラス要素を持っていて、個人的にもツイッターなどで認知されるようになり、それ以降は結構話が前に進むようになりました。そんな経験から今の時代、会社の知名度を上げ、認知されることはすごく重要なことだと思っていて、そこに力を注いでいこうと考えています」
SNS時代にふさわしい企業ブランディングの定着に向けて、今回のようなフラッグシップ店舗の立ち上げは大きなチャンスともいえそうだ。
自社物件にこだわるのは薄利多売営業を貫くため
ここで少し視野を広げ、キング観光の出店形態や特徴について聞いてみた。
「三重県の店舗は幹線道路や生活道路となっている交通量が多くて、利便性が高く、立地のいい場所を中心に展開しています。一方、名古屋は繁華街で立体駐車場付きの一等地に店を構えています。名古屋駅柳橋店を含め24店舗ある中の9割は自社物件です。名古屋に関してはすべて自社物件で、三重県では地主さんがどうしてもという物件は賃借で借りています。なぜ自社物件にこだわるか。それは10年経てばローンを払い終え、固定資産税だけはありますが、家賃がないので、その分お客さまに還元できるからです。ここ数年、多くのパチンコ店が閉店していきましたが、そのほとんどが薄利多売の体質ではなかったからです。また、規模の問題もあります。小さなパチンコ店は売上に対し、経費の負担が大きい。500台も1000台も固定費がかかってきますが、1000台の方が売上が多い分、経費がカバーしやすいです」
さらに機械代についてはこんな不満も漏らす。
「大型店であれば確かに重たいです。必要な台を上手に買って、お付き合いしなければいけない台もありますが、売上の何パーセントと決めて購入しています。それでもやっぱり機械代は高い。遊技台をきちんと選定して適正台数を買っている大手法人もありますが、中小のホールの中にはリソースがよくないのか変な台の買い方をしているケースがあります。特定のメーカーだったり、台のことをよく知らないオーナーが口を出していたりと。台の良し悪しよりも付き合いで買っているところもあります。今は機械代との戦いですからそんなことをしていたら生き残れません。長年、新しい機械を入れて集客するというサイクルが続いていますが、そこをなんとか変えていきたいという思いはあります」
<※以下、PiDEA184号/取材場所=キング観光サウザンド金山店にて>