暗雲立ち込める日本版カジノIR(Part.1)

2021.03.12 / カジノ

パチンコ業界には福音か!?

「世界最高水準のカジノIR」「観光立国」「地域経済活性化」—

政府が掲げた日本版IRカジノ構想は、コロナ禍により投資規模も収益性も開業時期も大きく後退してしまった。
世界中がニューノーマルという新しい生活様式、行動様式に移行している中で、箱モノに多くの人を集め、3密のテーブルでカジノに興じる。そんなリアルなカジノモデルが果たして成功するのか。

2018年のIR整備法成立以降、パチンコ業界にも依存症対策への取り組みや遊技機規制などをもたらしたカジノ誘致の是非がいま改めて問われようとしている。


リアルカジノはニューノーマル時代に支持されるのか?

IR環境の激変で足元が揺らぐ観光立国構想

IR実施方針の見直しを迫られる国や地方自治体。コロナ禍による海外事業者の打撃は深刻で日本市場進出の意気込みは一気にトーンダウンした。それでも推進の旗を振る菅政権と誘致を目指す4つの自治体だが、当初の構想は大きく後退し、先行きも多難だ。


海外事業者の撤退を懸念
条件を緩和した大阪府市

2月12日、大阪府と大阪市は誘致をめざすカジノを中核とする統合型リゾート(IR)をめぐり、実施方針を修正。開業時期を明示せず、運営事業者を追加で公募すると発表したことを日本経済新聞など主要メディアが報じた。

大阪府市は2019年12月に募集要項を公表したが、20年2月の締め切りまでに手を挙げたのは米カジノ大手MGMリゾーツ・インターナショナルとオリックスの共同事業体の1組のみ。そのMGMもコロナ禍で打撃を受けており(20年4月~6月期の売上高は前年同期比91%減、10~12月期も同53%減)、府市は「厳しい条件を求めれば撤退の懸念があるため計画を見直した」とみられている。

当初、事業者の決定は20年6月を予定していたが、新型コロナの影響で延期。追加の公募は21年3月に始め、9月に事業者を決定する。
開業の予定も当初は2025年の大阪万博と同時期開業を目指していたが、「20年代後半を想定」と後ろ倒しになった。

さらに、開業時に事業者に求める施設面積も10万平方メートル以上から2万平方メートル以上へと大幅に縮小(開業15年で6万平方メートルまで拡張すれば可)。IR事業をめぐる汚職事件を受け、手続きの透明性を図るために府職員への働きかけの禁止や新型コロナ対策も盛り込まれた。

市民団体などから「カジノ誘致ではなく、コロナ対策にこそ全力を注ぐべきだ」との声が上がる中、海外のIRカジノ事業者の撤退を懸念し、条件を緩和することで新たな事業者も募り、何とかカジノ誘致にこぎつけたい大阪維新の会率いる府・市政。

振り返れば2016年12月にカジノ推進法が成立した翌年、都内で行われた投資家向けセミナーでサンズのシェルドン・アデルソン会長は「日本に60億ドルから100億ドルの投資を行う準備がある」と語り、メルコクラウンのローレンス・ホーCEOは「投資の上限は設けない」とまで豪語していた。
また、政府がIR実施法案を閣議決定した2018年4月に大阪で行われたIR展示会では、吉村洋文市長(当時)による「世界で他にないIRをつくってもらいたい」との掛け声の下、MGMやギャラクシー、シーザーズ、サンズなどの大手カジノ企業6社が出展。世界のカジノ市場が陰りを見せつつある中、世界第3の経済大国である有望な日本市場への意欲を示していた。

そうした景気のいいお祭り騒ぎも新型コロナがかき消した。
シーザーズ、サンズが相次いで日本市場から撤退、ウィンはみなとみらい21地区に構えていた事務所を閉鎖した。北海道・苫小牧でIR参入を表明していた複数の事業者も北海道が誘致レースから離脱したのに伴い撤退を決めた。

国際カジノ研究所所長の木曽崇氏のツイッター・2021年2月17日には、「横浜は(略)下手すると1社で入札希望が終わり、行政とone by oneの大阪状態になる」「結果的に和歌山が2社、長崎が5社と地方部のIR構想の方が入札希望企業が多いというのが現状(略)」と書き込まれている。

額面通りにコトが進めば、都市部では大阪と横浜が1社ずつという競合がない(他に選びようがない)状況というわけだ。それで政府や両自治体が掲げる世界最高水準のIRが実現できるのか、いささか心もとない。


進出の足かせになるIR制度
見直し必至で構想は画餅に?

海外の大手IR事業者による日本市場参入意欲の衰退はコロナウイルスの影響ばかりではない。
横浜市へ強い関心を示していたサンズのアデルソン会長は撤退にあたって「日本におけるIR開発の枠組みでは、わたしたちの目標達成は困難」と不満を口にしている。

カジノに詳しい記者がいう。
「日本のIR制度が事業者にとって魅力的ではないという声は以前から上がっていました。例えば、カジノ運営のライセンスは建築期間(4〜5年)を含めて10年と定められています。数千億円から1兆円となる投資に対する回収を考えるとリスクが高いのではないかと。その後、5年ごとに更新が必要になりますが、ここでも議会で承認されなければ国からの認定が受けられないというハードルがあります」

カジノの認可を更新していくには、5年ごとに開業地における都道府県の首長と議会がその都度認めなければならず、4年に1度行われる首長選挙や議会選挙でIRカジノ反対派が過半数を占めた時点で、事業存続ができなくなるという政治的なリスクもあるのだ。

また、IR施設の滞在期間中に数千万円から億単位のお金を使う大口顧客「ハイローラー」にとっても魅力が薄いとの見方もある。

「マカオなどのカジノでは、プライベートジェット機の手配から資金融通、観光に至るまで、富裕層に対してさまざまなサービスを提供する『ジャンケット』と呼ばれる事業者が存在する。日本では、反社会的勢力排除やマネーロンダリング対策などの観点からジャンケットは認めていない。『日本の制度は厳格で、全体的に安全マージンを大きく取り過ぎている。このため小口の顧客が中心になり、事業者の収益モデルに影響を与える』との指摘が、新型コロナで現実味を帯びてきた。カジノを含むIRの誘致は都市の国際間競争でもあり、事業者側はより魅力的な投資環境を追い求める。大手を含む事業者の相次ぐ撤退によって、日本の勝ち目を疑問視する見方が首をもたげつつある」(建築通信新聞公式ブログより/2020年6月14日)。

事業者に厳しいと言われるIR整備法によるこうした制度は、「事業者からの積極的な投資を通じて観光や地域経済振興、各種弊害対策などを通じてIR事業に対する地元の理解と協力が必要」とする政府の考えが基本にある。

しかし、先の記者は「昨年7月にMGMのCEOに就任した直後のウィリアム・ホーンバックル氏が『この投資は、賢明であると思えた場合のみ行います。相応のリターンがあり、我々の期待に応えるのであれば。まだまだ長い道のりです』と慎重な姿勢を示したように、当初の大規模な投資スキームは削減される可能性が高いでしょう。また、諸外国に比べ高い水準の納付金率(カジノ粗利率の30%、入場回数制限、マイナンバーカード認証)など厳格な制度の緩和を求められるかもしれません」と話す。

政府の掲げる世界最高水準のカジノIRによる観光振興、地域活性化や社会還元、厳格な規制などはコロナ禍によって大きく後退、見直させざるを得ない状況になりつつある。そうした中で、政府は「外国人客がカジノで得た利益は非課税とする方針を明らかにした」ことを2月24日付の神奈川新聞が報じている。


足元が揺らぐ観光立国構想
環境悪化も政府は意に介さず

それでも政府のカジノIR推進姿勢は揺るがない。
昨年12月、カジノを含むIR施設の整備に向けて自治体から整備計画の申請を受け付ける期間を従来の「2021年1月4日から7月30日」から変更し、「21年10月1日から22年4月28日」へ9カ月延長することなどを盛り込んだ基本方針を決定した。

菅義偉首相は「IRの整備は、わが国を観光先進国としていくための重要な取り組みだ」とした上で、「公正性と透明性を確保し、国民の理解をいただきながらIRの整備にあたり、必要な準備を着実に進め、政府一丸となって観光先進国の実現を目指してもらいたい」と関係閣僚に指示した。

本来、基本方針は昨年の1月にも決まるはずだったが、秋元司衆院議員がIR事業をめぐる汚職の疑いで逮捕・起訴されたため(※脚注)作業は中断。コロナ禍も相まって昨年末にようやく決定した。
この申請受け付けの延長により思惑が外れたのが横浜市だ。カジノ推進派の林文子市長の任期期間中(21年8月29日まで)には申請できなくなり、「カジノ誘致の賛否」が8月に行われる市長選の争点になる。

地元紙の記者がいう。
「横浜にカジノを誘致し、市長退任後はIR事業者の顧問に天下りという青写真を描いていた林市長にとって何としても再選したいところ。しかし、IRは白紙とした前回と違い、今回は逃げられない。6割以上の市民が反対するIR推進を掲げての厳しい戦いになるでしょう」

そうした中、カジノ反対派の有力議員も動き出している。2月9日、立憲民主党の江田憲司議員がカジノ(IR)の日本誘致に関する質問趣意書を政府に提出。
その質問を抜粋・要約すると次のような内容だ。
「過当競争で飽和状態のカジノを誘致してそれを目的に誰が訪日するのか」「中国ではカジノがある海外への渡航を制限するブラックリスト制限を創設したが、この制度により来日はますます期待できないのではないか」「世界的に有名なラスベガスでも、昨今はカジノから他のエンターテインメントに比重が移っている。直近5年間で、ラスベガスへの観光客のうち、外国からの観光客の占める割合について把握しているか」「コロナ禍以前に日本へのインバウンド、外国人観光客が増えていたのは、伝統・文化、自然などの魅力に惹かれてのことではないか」「IRには『カニバリゼーション(共食い)現象』があるとされが、負の経済効果を試算しているか」「ギャンブル依存症の増大、治安や風紀の乱れ、青少年の教育への悪影響等々の負の社会的コストを試算しているか」「日本のカジノ規制のどこが最高水準なのか」など。

これに対し、政府は2月19日、国際会議の開催などで国内外から観光客を呼び込み、国内観光を促すものだと強調し、カニバリゼーションなどの「指摘は当たらない」とする答弁書を閣議決定した。しかし、中国におけるブラックリスト制限については「内容については公表されておらず、答えを差し控えたい」とし、ラスベガスへの観光客については「2015年から19年までの公表値(13%〜14%)」を列記するにとどまった。

江田議員は自身のブログで「またまた中身のない答弁書が返ってきました。特筆すべきは、あの世界的に有名なラスベガスでも外国人観光客はたった十数%だということですね。横浜や日本にカジノを作っても外国人はほとんど来ない!よって、日本人(横浜市民)から金を巻き上げて、外国(特に米国)に送金するシステムですね、カジノは」と切り捨てている。


ニューノーマルと時代遅れのIRモデル

コロナ禍による収益性の後退、海外事業者の手元資金の減少と初期投資額の見直し、IR全体収益の7〜8割を占めるカジノ頼りの建て付けからの脱却など、日本版IRは誘致を前に新たな課題が浮き彫りになっている。

そうした中でも、国内3カ所の認定をめぐって、4つの自治体が誘致へ意欲を見せている。冒頭で紹介した大阪府市、今夏の市長選次第では撤退の可能性もある横浜市、自民党の二階俊博幹事長のお膝元である和歌山県、5つの事業者が参加登録した長崎県・佐世保市である。
この他にも東京都や愛知県、北九州市なども検討しているという声も聞かれる。

今回の政府による認定申請期間の9カ月延長によって、各自治体への明暗も浮かび上がっている。
大阪府市は前述のように大きな修正(後退)を迫られ、横浜市も林市長の進退が誘致の鍵を握る。和歌山県では現知事が「提出期限延長と方針の一部変更は大変不満で遺憾」と地元紙などでコメント、理由は他の候補地に比べて「早く開業できる可能性(大阪・関西万博前)があったから」だという。

一方、東京都や愛知県などの正式に申請表明はしていないが、検討中といわれる自治体にとっては出遅れを巻き返すチャンスが出てきた。
「〝隠れカジノ推進派〟といわれる小池百合子都知事がどのタイミングでカジノ誘致を表明するか。その好機を見計らっているはず」と都政に詳しい記者の弁。

日本カジノ解禁の直接のきっかけは2017年2月、大統領に就任したばかりのトランプと安倍晋三による初の日米首脳会談にさかのぼる。トランプは安倍に対し「シンゾウ、こんな企業を知っているか」とサンズやMGMなどのカジノ企業を列挙してみせた。その圧力に屈して安倍政権が解禁へと突き進んだように極めて政治的・外交的な目的が主流で、観光立国などは後付けの甘言に過ぎない。

2018年7月にはIR整備法とともに成立したギャンブル等存症対策基本法によってパチンコ業界はかつてない厳しい依存症対策を迫られた。また、依存症対策に資するとして遊技機規則も改正され、その後遺症は今日も続いている。
今後、カジノIR開業にあたり、あるいは開業後にその運営が芳しくないとの理由からパチンコへの規制が強化される可能性もゼロではない。

国内でアンケートを取ると半数以上が反対票となるカジノIR。反対意見は依存症を増やしてしまう恐れ、周辺地域の治安悪化への懸念、公営ギャンブルやパチンコがすでにある、従来通り「クールジャパン」の魅力をアピールすべきなどさまざまだ。その一方で賛成派の意見の多くは「経済効果への期待」にある。

コロナ禍を経てニューノーマルの時代が到来する中、大型のIRカジノ施設を目的にしたインバウンド需要がどれほどあり、施設の集客効果や周辺を含めた消費がどの程度見込めるのか。大手各社には非接触型のオンラインゲーミングを活用する動きもあるという。
30年前に確立したといわれる時代遅れのIRモデルが掲げる「観光立国」「経済活性化」。その幻想を持ち続けられるほど、現状は甘くないことを認識すべきだ。

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