令和時代、現代版のスマートボール考

2020.08.04 / コラム

1月下旬、まだ中国の春節客を受け入れたころ、武漢の家族(両親、兄家族7人)が東京在住の日本人男性と結婚した娘のところへやってきた話を2月1日付のエントリーで書いた。

中国・武漢へすぐには帰れなくなった家族のうち、兄の息子が暇つぶしに連れて行ったパチンコにすっかり嵌ってしまった、という内容だった。

当時、新型頃ウイルスの陽性患者を乗せたダイアモンドプリンセス号が2月3日に横浜港に着岸し、新型コロナウイルスの問題が日増しに大きくなる。でも、その時はまだ船内の問題だった。

パチンコに嵌った兄の息子は一人でホールに行くようになり、ついにはTUCの特殊景品を持ち帰ってきた。

換金システムが理解できず、そのまま特殊景品を持ち帰ってきたが、換算すると約9万円分もあった。

事情を聞くとどうやらいつもやっていた1パチではなく、間違って4パチを打っていたようだ。

3000円目で大当たりして連チャンが続いた模様だ。

Aさんは6万5000円で買い取ることにして現金を兄の息子に渡した。2万5000円引いたのは寝袋代などを相殺した。

出玉を換金できることを理解。気をよくした兄の息子は「日本に来たらまたやりたい」と目を輝かせた。

パチンコを理解して何度もホールへ通い、「中国にあったら絶対に流行る」と太鼓判を押しながら、帰国して行った。

その後の彼は、中国へ帰っても寝ても覚めてもパチンコのことが頭から離れない。ついには中古台を中国に送ることはできないかと、電話をかけてくる始末。日本へまた行けるようになったら、真っ先にホールへ行くことを思い描いている。

パチンコ好きが高じて、ついには自分でパチンコ台を作り始めた。といっても小学生の工作のようなもので、ベニヤ板に釘を打ち込み、玉はビー玉で代用している。

その話を聞いて、日本にはスマートボールがあることを教える。寝かした方が玉の動きをゆっくりと追えると思ったからだ。

するとすぐにネットでスマートボールのことを調べたようだ。YouTubeにもスマートボール店の実践動画も上がっている。

それを見て質問攻めの電話が入る。

「なぜ、液晶が搭載されていない?」という質問には意表を突かれた。現存するスマートボール自体が昭和の遺産で、液晶パチンコが登場するだいぶ昔に製造されたものである。

パチンコには液晶が付いているのに、スマートボールに液晶が付いていないことが不思議で仕方なかったようだ。これは素人の疑問から発想するものだが令和時代の現代版スマートボールを開発してみてはいかが? 液晶や可動役物を搭載することでかなり面白いものができそうだ。

横置きでスペースを取られる。営業面積における設置台数の効率の悪さはある。発射スピードも遅く売り上げが上がらないなら、1玉20円でもいい。新規顧客を開拓するにはこういうゆるい機種もありかも知れない。









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