IR法制度「IR整備法の”10年・5年問題”と基本方針案における対応」~渡邊雅之弁護士

2019.10.15 / カジノ
2019-10-15

【IR資料室】

筆者:渡邉 雅之 弁護士法人三宅法律事務所 パートナー弁護士 IR推進会議委員(略歴は巻末を参照)
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観光庁によるパブリックコメント「特定複合観光施設区域の整備のための基本的な方針(案)」(注1)(以下「基本方針案」という。)が2019年9月4日に公表され、同年10月3日に意見募集が締め切られた。

基本方針案は、特定複合観光施設区域整備法(平成30年法律第80号。以下「IR整備法」という。)5条1項において、国土交通大臣が定めることとされている「特定複合観光施設区域の整備のための基本的な方針」のパブリックコメント案である。

基本方針案の注目点の一つは、いわゆる「10年・5年問題」に対しての事業者や金融機関の懸念について低減策を示している点である。以下では、「10年・5年問題」について説明するとともに、基本方針案における「10年・5年問題」のリスクの低減策について説明する。

本稿では、「特定複合観光施設」(注2) のことを「IR施設」、「特定複合観光施設区域」(注3)のことを「IR区域」という。

1.「10年・5年問題」とは

都道府県等(都道府県又は政令指定都市のことをいい、区域整備計画の認定を受けた後にあっては、IR整備法10条2項の認定都道府県等をいう。以下同じ。)(注4)が設置運営事業等(注5)(以下「IR事業」という。)を行おうとする民間事業者と共同して、基本方針及び実施方針に即して、IR区域の整備に関する計画(以下「区域整備計画」という。)を作成し、認定を申請した場合(IR整備法9条1項)、国土交通大臣は基準に適合するもの(同条11項)を3つ以内認定することができる(同項7号)。

区域整備計画の認定を受けた都道府県等(以下「認定都道府県等」という。)は、区域整備計画の認定を受けた設置運営事業者等(注6)(以下、「設置運営事業者等」又は区域整備計画の認定を受けた後にあっては、IR整備法10条2項の「認定設置運営事業者等」(注7)のことを「IR事業者」という。)と共同して、区域整備計画の認定の更新を受けることができる(IR整備法10条2項)。

国土交通大臣による区域整備計画の認定の有効期間は、区域整備計画の認定の日から起算して10年(IR整備法10条1項)であり、その後の区域整備計画の認定の有効期間は、従前の区域整備計画の認定の有効期間の満了の日の翌日から起算して5年である(同条6項)。

すなわち、例えば、最初の区域整備計画の認定の日が2021年4月1日であれば、2031年3月31日までが当初の認定区域整備計画の有効期間であり、その後認定更新された場合は、2031年4月1日から2036年3月31日までが更新後の認定区域整備計画の有効期間である。さらに、区域整備計画が認定更新された場合は、2036年4月1日から2041年3月31日までが更新後の認定区域整備計画の有効期間である。

区域整備計画の認定の更新にあたっては、IR整備法9条5項から9項まで、11項から14項までの規定が準用される。(IR整備法10条4項)。

問題は、IR整備法9条8項及び9項が準用されている点である。

IR整備法9条8項においては、区域整備計画の認定の申請をする際には、都道府県等はその議会の議決を受けなければならないとされ、同条9項においては、当該都道府県等が都道府県であるときは、当該都道府県は、あらかじめ、当該IR区域を整備しようとする区域をその区域に含む市町村及び特別区(以下「立地市町村」という。)の同意を得なければならないとされる。さらに、IR整備法9条9項ただし書では、条例で立地市町村の議会の議決すべきものを定めることができることとされている。

すなわち、区域整備計画の更新の認定にあたっては、都道府県が区域整備計画の申請主体である場合は、①当該都道府県の首長の同意、②当該都道府県の議会の議決、③立地市町村等の首長の同意、④(条例で定めた場合は)立地市町村等の議会の議決が必要となる。

他方、立地市町村である政令指定都市が区域整備計画の申請主体である場合は、①当該政令指定都市の首長の同意、②当該政令指定都市の議会の議決が必要となる。

10年・5年の区域整備計画の認定更新の都度、都道府県等や立地市町村の首長やそれらの議会の同意を求める趣旨は、地元議会が議決できないような状態で国土交通大臣が更新をしてIR事業を継続させていくという状態を形成することは、IR事業が本当に地元に理解され、地元の協力も得られながら、地元に歓迎されながら進めていくという趣旨から外れることにならないようにするために求めるものである。(注8)

この点については、当初の区域整備計画の認定申請の際には、都道府県等や立地市町村の首長がIR推進派で、かつ、都道府県等や立地市町村の議会の構成においてIR推進派が多数派を占めることにより、区域整備計画の認定申請がなされたものの、国土交通大臣による区域整備計画の認定がなされてから10年が経過して、都道府県等や立地市町村の首長がIR反対派になったり、または、都道府県等や立地市町村の議会の構成においてIR反対派が多数派を占めることにより、区域整備計画の更新が認められないリスクがある。仮に、最初の区域整備計画が10年後に更新されても、その後、5年ごとの区域整備計画の更新がなされないリスクがある、と法案が国会に提出された当時から言われてきた。

区域整備計画が認定更新されなければ、カジノ施設を含むIR施設の設置運営事業を継続することができなくなってしまう。

こうした問題が、いわゆる「10年・5年問題」と言われている。

「10年・5年問題」は、IR事業者や都道府県等・立地市町村だけでなく、IR事業者に対して融資をする金融機関にとっても非常に切実な問題であり、IR施設の設置・運営をするにあたっての最大のリスクと言われている。

2.基本方針案における「10年・5年問題」のリスク低減策

基本方針案においては、以下のとおり、「10年・5年問題」に対するリスク低減策が講じられている。

(1)長期・安定的・継続的なIR

以下のとおり、基本方針案の様々な記載において、「IR」(統合型リゾートをいう。以下同じ。)及び「IR事業」(IR整備法5条2項3号の設置運営事業等をいう。以下同じ。)について、「長期間にわたって、安定的かつ継続的」な実施が確保できることを要求している。

すなわち、基本方針案は、IRやIR事業が認定区域整備計画の有効期間である10年間(更新後は5年間)で投資回収をする事業ではなく、長期間にわたって行う事業であることが明確化されたと言える。

IRやIR事業の「長期間にわたって、安定的かつ継続的」な実施の確保ということは、それ自体は定性的でメッセージ的な意味合いしか有していないが、都道府県等が作成する「実施方針」や都道府県等及びIR事業者が共同して作成する「区域整備計画」が「基本方針」に「即して」作成すること(IR整備法6条1項、9条1項)とされていることに鑑みる、「実施方針」や「区域整備計画」も「長期間にわたって、安定的かつ継続的」な実施の確保を前提としたものであることが求められることに鑑みると重要な意義がある。

1頁
(1)観光や地域経済の振興、財政の改善 への貢献を図る観点から、長期間にわたって、安定的で継続的なIRの運営が確保されること

13頁
(オ)設置運営事業等の円滑かつ確実な実施の確保に関する事項(IR整備法第6条第2項第5号)
IR事業の実施を通じて、観光や地域経済の振興 に寄与し、財政の改善に資するためには、長期間にわたって、安定的かつ継続的なIR事業の実施を確保する必要がある。

33頁(区域整備計画の評価基準)
ウ 事業を安定的・継続的に運営できる能力及び体制
(イ)財務面からみて安定的であり、業績が下振れした場合にも適切に対応し、長期的に事業を継続できることが求められる。
(エ)IR区域の整備について、地域における十分な合意形成がなされており、IR事業が長期的かつ安定的に継続していくために不可欠な地域における良好な関係が構築されていることが求められる。

エ カジノ事業の収益の活用
カジノ事業の収益を十分活用するとともに、その他の収益も活用して、IRの開業後も長期的に世界中の観光客を惹き付けることのできる魅力的な施設やコンテンツを継続的に創り出すなど、IR施設の整備その他IR事業の事業内容の向上や都道府県等が実施する施策への協力等を行うことが求められる。

33頁(実施方針)
そのため、都道府県等及びIR事業者は、長期間にわたる安定的で継続的なIR事業の実施に向けて、以下の事項に留意して、区域整備計画の認定後、速やかに実施協定を締結しなければならない。

35頁
(2)設置運営事業等の継続が困難となった場合における措置に関する事項(IR整備 法第13条第1項第2号関係)
イ IR事業の継続が困難な事由が発生した場合又は発生するおそれが強いと認められる場合は、長期間にわたって安定的で継続的なIR事業の運営に向けて、その状態の修復を図ることが基本であることから、帰責事由の有無や程度に応じて、修復に向けて認定設置都道府県等とIR事業者が採るべき措置を、具体的かつ明確に規定しておくことが求められる。

37頁
ア 実施協定に違反した場合は、長期間にわたる安定的で継続的なIR事業の実施に向けて、その状態の修復を図ることが基本であることから、帰責事由の有無や程度に応じた、修復に向けての都道府県等とIR事業者が採るべき、違反した旨の報告、改善計画の策定などの措置を、具体的かつ明確に規定することが求められる。
(6) 実施協定の有効期間(IR 整備法第13条第1項第6号関係)
実施協定の有効期間については、IR事業は長期間にわたる安定的で継続的な実施の確保が必要であることを踏まえ、都道府県等とIR事業者との合意により、区域整備計画の認定の有効期間を超えた期間を定めることも可能である 。

38頁
9 認定の更新
日本型IRの意義が十分に発揮されるためには、長期間にわたって、安定的で継続的なIR事業の実施が確保されることが前提条件の1つとなる。

 

(2)実施協定の有効期間を区域整備計画の有効期間を超えた期間とすること

上記(1)でも記載したが、基本方針案においては、実施協定の有効期間(IR整備法13条1項6号)について、「実施協定の有効期間については、IR事業は長期間にわたる安定的で継続的な実施の確保が必要であることを踏まえ、都道府県等とIR事業者との合意により、区域整備計画の認定の有効期間を超えた期間を定めることも可能である 。」と記載している。

「実施協定」とは、国土交通大臣による区域整備計画の認定(IR整備法9条11項)後に、都道府県等及びIR事業者が速やかに締結することが求められる、IR事業の運営に関する協定である(同法13条1項)。実施協定の記載事項の一つとして「実施協定の有効期間」(同条1項6号)がある。

この点について、平成30年7月10日の参議院内閣委員会におけるIR整備法案の審議において、清水貴之参議院議員(日本維新の会)の質問に対して、政府参考人である中川真氏(当時・特定複合観光施設区域整備推進本部事務局次長)が、以下のとおり回答している。

清水委員御指摘のように、この区域整備計画の最初の認定の有効期間は十年ということになってございます。その後は五年ごとに有効性を更新していく、国土交通大臣に更新を申請していただくということになっておりますけれども、これは、区域整備計画の有効期間内に、五年という単位で、当初のこのIR制度が意図している、目的としている公益がきちんと実現していっているのかどうかということを一定期間ごとに確認するために、認定の有効期間という概念を持たせているという考え方の整理でございます。

一方で、清水委員からは、シンガポールとの比較もございました。もちろん、事務局といたしましても、このIR事業が長期にわたって継続的に安定的に実施されることが望ましいものというふうに考えてございますので、IR事業を長期間にわたって実施しようという場合には、都道府県等とそれから民間事業者の間で締結する実施協定におきまして、協定の有効期間として長期の期間を定めることは考えられるところでございます。

この実施協定と区域整備計画の中身は、確かに記載事項とかは、どういうIRを整備するのかというような趣旨のことで、似ているところもあるわけでございますけれども、一方、実施協定は、これは直接都道府県等と民間事業者が契約の締結者として法律的な効力を両者の間に発生させるものでございます。したがいまして、この実施協定の中では、長期になるであろうIR事業期間の中で、都道府県等と民間事業者がどういう役割分担で、責任分担で、あるいは、場合によっては事業継続困難時の措置をどのようにするのかといったようなことも含めて合意をして、法律的な契約書として締結をするというものでございます。

一方、この区域整備計画の方は、今御説明させていただいたような法律的な枠組みである実施協定をベースにいたしまして、十年なり五年の有効期間内にはどういうIR事業を具体的にどの場所で展開していくのか、どういう施設を造ってといったようなことを、よりビジネスプランを、五年単位のビジネスプランを明確にしていく、そういうものだというふうに御理解を賜ればというふうに考えます。

 
すなわち、実施協定は、都道府県等とIR事業者が契約の締結者として法律的な効力を両者の間に発生させるものであり、実施協定の中では、長期になるであろうIR事業期間の中で、都道府県等とIR事業者がどういう役割分担・責任分担でIR事業を行い、場合によっては事業継続困難時の措置をどのようにするのかといったようなことも含めて合意をして、法律的な契約書として締結をするものである。

これに対して、区域整備計画は、実施協定をベースとして、有効期間内にはどういうIR事業を具体的にどの場所で展開していくのか、どういう施設を造ってといったビジネスプランを、10年・5年単位で明確にしていくものである。区域整備計画の認定に10年・5年という単位での有効期間があるのは、当初のIR制度が目的としている公益が実現されているかどうかを一定期間ごとに確認するためである。

このように、「実施協定」は「区域整備計画」の上位の概念であると言える。すなわち、区域整備計画が、都道府県等や立地市町村の首長の同意が得られなかったり、それらの議会の議決が得られないことにより、認定更新がされない場合であっても、都道府県等とIR事業者との間で締結された実施協定が直ちに効力を失ったり、直ちに実施協定が解除されることはないということである。

この点、基本方針案においては、「設置運営事業等の継続が困難となった場合における措置に関する事項(IR整備法第13条第1項第2号関係)」として以下のとおり記載し、実施協定において区域整備計画の認定の更新がなされない場合について、具体的かつ網羅的に規定するとともに、その場合に都道府県等及びIR事業者が採るべき措置を規定することを求めている。

〇基本方針案第3.7(2)ア(35頁)

IR事業の継続が困難となる事由として、IR事業の業績不振、カジノ事業の免許が取得又は更新ができない場合、国土交通大臣による区域整備計画の認定が取消される場合又は認定の更新がなされない場合、災害の発生等が考えられるが、これらの想定される事由をできる限り具体的かつ網羅的に列挙した上で、それぞれの場合に都道府県等及びIR事業者が採るべき措置を定めておくことが求められる。/u>

 
実施協定の有効期間について、区域整備計画の有効期間(10年・5年)を超えて長期とすることは、上記(1)(基本方針案において、IRやIR事業について「長期間にわたって、安定的かつ継続的」な実施の確保を確保することと記載すること)と同様、「10年・5年問題」との関係では、一定の安心感を与えるものと評価できる。

(3)区域整備計画の認定更新がなされない場合の補償条項

基本方針案は、以下のとおり、実施協定において、IR事業が実施協定に従って適切に運営されているにも関わらず、都道府県等又はIR事業者のいずれかが必要な手続を行わないことにより認定の更新がなされない場合(都道府県等の行政府の判断による場合、IR事業者の判断による場合のほか、都道府県等の議会の同意が行われないことによる場合を含む。)における補償について規定することも可能であると記載している。

〇基本方針案第3.7(2)オ(37頁)

「実施協定においては、IR事業が実施協定に従って適切に運営されているにも関わらず、都道府県等又はIR事業者のいずれかが必要な手続を行わないことにより認定の更新がなされない場合(都道府県等の行政府の判断による場合、IR事業者の判断による場合のほか、都道府県等の議会の同意が行われないことによる場合を含む。)における補償について規定することも可能である。」

 
認定更新が「都道府県等の行政府の判断による場合」や「都道府県等の議会の同意」が行われない場合にも補償が認められる旨の基本方針案の記載は、「10年・5年問題」との関係では、都道府県等の首長やその議会に対して、一定の牽制を与えるものであり、IR事業者や金融機関にとっては歓迎されるものである。

もっとも、損失補償は、予算の内容の一つである債務負担行為(地方自治法214条、215条4号)であり、これを議会が議決したとしても、それが改めて歳出予算に計上され議決されていなければ、具体的「支出行為」を行う根拠として必要な「予算の範囲内において」の要件を充足したことにはならないと考えられる。(注9)

「債務負担行為」は、予算の「内容の一部」として、議会の議決によって設定されるが、歳出予算には含まれない。「債務負担行為」は、あくまで契約等で発生する債務の負担を設定する行為で、その時点でまだ歳出の予定が確定しているわけではないからである。したがって、現実に現金支出が必要となった場合は、あらためて歳出予算に計上しなければならない(「現年度化」)。

地方自治法215条は1号において「歳入歳出予算」を定め、同条2号以下で「継続費」、「繰越明許費」、「債務負担行為」、「地方債」等を定めているが、例えば「継続費」(同条2号)や「繰越明許費」(同条3号)は「歳出予算」に計上されたものの一部を数年度(継続費)又は翌年度(繰越明許費)にわたって支出することを認めたものであり、「歳入歳出予算」(同条1号)と独立して存在しているわけではない。「債務負担行為」も「歳出予算」とは同様の関係にあると考えられる。

したがって、実施協定に定められた規定に基づく補償額を都道府県等が支出する場合には、「歳出予算」として、都道府県等の議会の議決が改めて必要になると考えられる。

このように考えると、余りに高額な補償額(例えば、IR事業者がIR事業に投資した数百億~数千億円に上る金額)となる場合には都道府県等の議会の同意を得ることができず、補償は実現できないことになると考えられる。

したがって、実施協定においては、補償額として、都道府県等が現実的に負担することが可能な金額(例えば、数億~数十億円程度の金額)又はその基準を規定するのが現実的であろう。

なお、実施協定の締結の当事者でない、立地市町村の首長や(条例で定められた場合の)その議会が同意せずに、区域整備計画が認定更新されない場合に、IR事業者が都道府県等に対して補償を求めるのは、この場合には都道府県等に帰責事由がないことに鑑みると困難であろう。

3.基本方針案に記載されていない「10年・5年問題」のリスク低減策

基本方針案には、記載されていないものの「10年・5年問題」のリスク低減策としては、①都道府県等が実施方針において、都道府県等として更新をしない場合の基準について記載することや、②区域整備計画について、最初に都道府県等(+立地市町村)の議会議決を得る際に、更新の決議をしない場合の基準(条例や実施要領)についても定めておくことが考えられる。

前者(①都道府県等が実施方針において、都道府県等として更新をしない場合の基準について記載すること)については、都道府県等が表明するということでIR事業者や金融機関に安心感を与えるものではあるが、実施方針は、「基本方針に即して」定めなければならないとされている(IR整備法6条1項)ことに鑑みると認められ得るのか問題となる。

もっとも、実施方針は区域整備計画と異なり、国土交通大臣の認可を要するものではないので、このような基準を実施方針に記載する都道府県等も出てくるかもしれない。都道府県等が公表する実施方針は、区域整備計画の申請に関する添付書類の一つとされている(第2.3(2)ア(26頁))が、認定の審査基準のうちの要求基準(第2.6(2))の「基本方針への適合」(IR整備法9条11項1号)の(ア)から(キ)までの基準(基本方針案28頁参照)に抵触するものではないので、認められ得るものと考えられる。もっとも、実施方針自体を将来の都道府県等の首長や議会が変更することがあり得ることに留意する必要がある(IR整備法6条7項)。

後者(②区域整備計画について、最初に都道府県等(+立地市町村)の議会議決を得る際に、更新の決議をしない場合の基準(条例や実施要領)についても定めておくこと)については、将来の都道府県等や立地市町村の首長や議会の意思決定を縛ることが、地方自治の本旨(憲法92条、地方自治法1条)に反しないか、そしてIR整備法の上乗せとして当該条例が「法律の範囲内」であるか(憲法94条)が問題になるだろう。

なお、条例において区域整備計画の更新をするか否かについてのプロセスについて具体的に定めることは、将来の議会の議決を拘束しないものであるので、地方自治の本旨に反せず、また、IR整備法の上乗せとして「法律の範囲内」ということができると考えられる。

たとえば、以下の通り、有識者会議の諮問を得たり、議会の議決を一回限りにせず、IR事業者に改善計画の提出の機会を与え、再チャレンジする仕組みを設けることは許されるものと考えられる。

① 都道府県等の首長(都道府県の知事や政令指定都市の市長)(および条例で定める場合は立地市町村の首長)が有識者会議に対して更新の可否の基準を諮問し、その答申を得る(答申は助言的効果のみ有する。)。

② 都道府県等の首長(都道府県の知事や政令指定都市の市長)(および条例で定める場合は立地市町村の首長)は、10年・5年後の区域整備計画の更新の段階の際に、再度、有識者会議に対して更新の可否の基準に基づき、更新すべきか否かの諮問をして、その答申を得る(答申は助言的効果のみ有する。)。

③ 有識者会議の答申を受け、都道府県等の首長(都道府県知事や政令指定都市の市長)(および条例で定める場合は立地市町村の首長)は、更新をすべきと判断した場合には、更新の議案を議会に提出する。(有識者会議の答申は都道府県知事や政令指定都市の市長の判断を拘束しない。)

④ 都道府県等(都道府県または政令指定都市)の議会(条例で定める場合は立地市町村の議会)は、有識者会議の答申に判断を拘束されないが、区域整備計画の更新について拒否をする議決をする場合には、拒否をする理由や何を改善すれば同意する可能性があるかを明らかにする。これを基に、IR事業者は改善計画を策定する。

⑤ 都道府県等の首長(都道府県の知事や政令指定都市の市長)(条例で定める場合は立地市町村の議会)は、IR事業者の改善計画と共に、再度、区域整備計画の更新の議案を議会に提出し、その審議を求める。

この点、2019年10月1日、吉村洋文大阪府知事は、府議会本会議にて、IR整備法10条の認定更新に関して、大阪府が条例で更新時の基準を定め、それを満たせば、同じIR事業者の事業継続を可能とするとの内容の条例制定の方針を明らかにした。(注10)
これは、IR事業者が、政治の変動リスクを過度に気にすることなく、長期的な視点で投資が可能となるとの観点によるものとのことである。

なお、(基本方針案には記載がないが)、条例で上記のような手続を定めるか否かを問わず、区域整備計画の更新の可否について、都道府県等や立地市町村の首長や議会が早期(例えば、区域整備計画の更新の時期の1年前くらい)に判断することが望まれる。

この点については、条例や(都道府県等とIR事業者との間の)実施協定に規定するだけでなく、基本方針においても記載されることが望まれる。仮に、区域整備計画の更新が認められない場合には、カジノを除いたIRとして存続させるのか、どのように事業廃止をするのか、他の民間事業者への引き継ぎをどうするかなど、さまざまな判断を要することになるため1年くらいの猶予期間は少なくとも必要ではないかと思われる。

以上の点については、基本方針案のパブリックコメントにおける観光庁の回答において明確化がなされることが期待される。

4.融資金融機関の「10年・5年問題」への対処法

「10年・5年問題」について、特に敏感になっているのは、特に大手金融機関の審査部である。それを受けて、カジノ事業者もリスクについて声をあげているというのが実態であろう。金融機関として、10年・5年リスクを低減させるための対処法としては以下の方法が考えられる。

(1)10年・5年でフルペイアウト(全額返済)させる。バルーン返済(ローンの返済において、設定した想定期間を基準として算出した元利均等返済金額または元金均等返済金額を定期的に支払い、最終回に残元金を一括で支払う返済方式)の導入も検討する。(注11)

(2)IR事業者にキャッシュスイープ(契約に基づく配当を行った後のキャッシュフローのうち、一定の基準以上の現預金をプロジェクトカンパニーが持っている場合に、余剰現金を返済に充当させること)をさせる。

(3)IR事業者に、認定が更新されない場合に備えて一定の資金をリザーブ(キャッシュリザーブ)させる。

(4)シンジケート・ローンであっても、スポンサーの信用力(IR事業者の大株主による保証など)によりカバーする。(注12)十分なスポンサーの信用力がない場合には、IRの規模を現実的な規模のものに縮小することを求める。

(5)スポンサー(IR事業者の大株主)へのバックファイナンスで信用リスクを回避する。

5.「10年・5年問題」に対するIR整備法の改正による対応は考えられるか?

特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律(平成28年12月26日法律第115号、以下「IR推進法」という。)附則第2項においては、「この法律の規定及び第五条の規定に基づく措置については、この法律の施行後五年以内を目途として、必要な見直しが行われるべきものとする。」と規定されている。
IR推進法5条の規定に基づく措置がIR整備法であることから、IR推進法だけでなく、IR整備法の内容も含め、IR推進法の公布日(2016年(平成28年)12月26日)から5年以内(2021年(令和3年)12月25日)までに見直しを行うこととされている。

また、IR整備法附則第4条では、「政府は、附則第一条第四号に掲げる規定の施行後最初にされる第九条第十一項の認定の日から起算して五年を経過した場合において、この法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。ただし、同項第七号に規定する認定区域整備計画の数については、当該認定の日から起算して七年を経過した場合において検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。」と規定している。

すなわち、IR整備法のほか認定区域整備計画の数以外の改正について、国土交通大臣により最初に行われる区域整備計画の認定の日から起算して5年を経過した場合には、IR整備法の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとされている。例えば、最初の区域整備計画の認定が2021年4月1日であれば、2026年4月1日以降に検討することとされている。

これらの2つの機会に、「10年・5年問題」に関するIR整備法の改正が行われるか否かが問題となるが、区域整備計画の認定更新における都道府県等や立地市町村の首長や議会の関与を弱くする改正になるので、改正に関する立法においては相当慎重な判断を要するだろう。

10年・5年の区域整備計画の認定更新の都度、都道府県等や立地市町村の首長やそれらの議会の同意を求める趣旨が、地元議会が議決できないような状態で国土交通大臣が更新をしてIR事業を継続させていくという状態を形成することは、IR事業が本当に地元に理解され、地元の協力も得られながら、地元に歓迎されながら進めていくという趣旨から外れることにならないようにするために求めるものであること(注13)に鑑みると、それを超える公益に関する説明がなければ改正は困難となるだろう。

6.結語(グッドシチズン)

基本方針案においては、「10年・5年問題」に対する懸念に対応して、上記2に記載したとおり、相当の腐心がなされている。

もっとも、IR整備法の改正がなされない限り、「10年・5年問題」のリスクはなくならないし、その懸念も払しょくされない。上記5のとおり、「10年・5年問題」に関するIR整備法の改正は相当ハードルが高いものと考えられる。

この点、基本方針案においては、区域整備計画の「認定の更新」(第2.9(38頁~39頁))において、以下のとおり記載している。

『IR事業者は、積極的な投資や都道府県等の施策への協力を通じて地域の観光や経済の振興に貢献するとともに、カジノ施設の設置及び運営に伴う有害な影響の排除にも引き続き万全を期すことで、認定の更新に際して、地域における幅広い関係者の理解と協力が得られるよう努めることが重要である。』

 
すなわち、IR事業者として、立地市町村や都道府県の「グッドシチズン」(Good Citizen)となること(地元の住民の雇用・地元への投資)を通じて、地元住民の賛同を得ることが、その首長・地方議会の同意を取る最善の策だとしている。

この点については、平成30年7月10日の参議院内閣委員会におけるIR整備法案の審議において、清水貴之参議院議員(日本維新の会)の質問に対する、政府参考人である中川真氏(当時・特定複合観光施設区域整備推進本部事務局次長)の回答においても、以下のとおり再三強調されていたところである。

『清水委員の御懸念も理解するところではありますけれども、それゆえに、先ほどの答弁に戻らさせていただきますけれども、IR事業者にとっては、地元の議会を含めて、常に住民あるいは議会、そして行政部門の協力と理解が得られるような、そういう事業展開をしていって、言わば地元でいい市民になっていくという事業展開を考えていただくことがやっぱり大事なのではないかというふうに思います。』

『したがいまして、ここから先は繰り返しになってしまいますけれども、IR事業者としては五年ごとに来る言わばチェックポイントのようなものだというふうにお考えいただきたいと思いますけれども、そのチェックポイントでもやっぱり地元の議会を含めて地元の理解と協力が得られる、そして望まれるIR事業者であると、あり続けるよう、ふだんから御努力をいただくということがやはり一番本質的には重要
なことなのかなと思います。』

 
これは、10年・5年の区域整備計画の認定更新の都度、都道府県等や立地市町村の首長やそれらの議会の同意を求める趣旨が、地元議会が議決できないような状態で国土交通大臣が更新をしてIR事業を継続させていくという状態を形成することは、IR事業が本当に地元に理解され、地元の協力も得られながら、地元に歓迎されながら進めていくという趣旨から外れることにならないようにするために求めるものであること(注14)からは、当然の考え方であろう。

いずれにせよ、IR整備法における最大のリスクと言われる「10年・5年問題」について、国、都道府県等、立地市町村、IR事業者、金融機関といった各当事者がどのように対応していくか今後の動向が注目される。

(注1)https://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=665201907&Mode=1
(注2)「特定複合観光施設」(IR施設)とは、カジノ施設と①国際会議場施設(IR整備法2条1項1号)、②展示等施設(同項2号)、③魅力増進施設(同項3号)、④送客施設(同項4号)、⑤宿泊施設(同項5号)から構成される一群の施設(これらと一体的に設置され、及び運営される「その他国内外からの観光旅客の来訪及び滞在の促進に寄与する施設」(同項6号)に掲げる施設を含む。)であって、民間事業者により一体として設置され、及び運営されるものをいう(同条1項)。
(注3)「特定複合観光施設区域」(IR区域)とは、一の特定複合観光施設を設置する一団の土地の区域として、当該特定複合観光施設を設置し、及び運営する民間事業者(施設供用事業が行われる場合には、当該施設供用事業を行う民間事業者を含む。)により当該区域が一体的に管理されるものであって、国土交通大臣から区域整備計画の認定(IR整備法9条11項)を受けた区域整備計画(IR整備法11条1項の規定による変更の認定があったときは、その変更後のもの。「認定区域整備計画」)に記載された区域をいう(同法2条2項)。
(注4)IR整備法においては、「都道府県」又は「指定都市」(地方自治法252の19第1項に規定する指定都市をいい、当該指定都市の区域に特定複合観光施設区域を整備しようとする区域の全部を包含するものに限る。)のことを「都道府県等」と定義しており(IR整備法6条1項、実施方針の策定・公表(同法6条)、民間事業者の選定(同法8条)、区域整備計画の策定・申請(同法9条)など、IR区域の整備の主体とされている。政令指定都市以外の立地市町村は特定複合観光施設区域の整備の主体とはなれない。
(注5)「設置運営事業等」とは、①「設置運営事業」又は、②「施設供用事業」が行われる場合には「設置運営事業」及び「施設供用事業」をいう(IR整備法5条2項3号)。
「設置運営事業」とは、①「IR施設」を設置し、及び運営する事業、および、②①に掲げる事業に附帯する事業をいう(同法2条3項)。
「施設供用事業」とは、IR施設を構成する一群の施設の整備(新設、改修又は増設をいう。)を一体的に行う業務並びに設置運営事業者との契約に基づき当該IR施設をその用途に応じて管理し及び当該設置運営事業者に専ら使用させる業務並びにこれらに附帯する業務を行う事業をいう(同法2条5項)。
(注6)「設置運営事業者等」とは、①「設置運営事業者」又は、②「施設供用事業」が行われる場合には「設置運営事業者」及び「施設供用事業者」のことをいう(IR整備法5条2項3号)。
「設置運営事業者」とは、「設置運営事業」を行う民間事業者のことをいう(同法2条4項)。
「施設供用事業者」とは、施設供用事業を行う民間事業者のことである(同条6項)。
(注7)「認定設置運営事業者等」とは、区域整備計画の認定を受けた設置運営事業者等をいう(IR整備法10条2項)。
(注8)平成30年7月10日の参議院内閣委員会におけるIR整備法案の審議における、清水貴之参議院議員(日本維新の会)の質問に対する、政府参考人である中川真氏(当時・特定複合観光施設区域整備推進本部事務局次長)の回答参照。
『清水委員の御指摘の趣旨も十分理解するところではございますが、一方、この五年、最初は十年の有効期間ですけれども、その後は五年ごとに区域整備計画の有効性を更新していくわけですが、この更新時に、仮にですけれども、地元議会が議決できないような状態で国土交通大臣が更新をしていって事業を継続させていくという状態をつくっていくということは、このIR事業が本当に地元に理解され、地元の協力も得られながら、地元にある意味じゃウエルカムされながら進めていくという趣旨からすると非常に困った状態になるのではないのかというのが、更新の都度、地元の議会議決を求めている趣旨でございます。』
(注9)佐藤英善『債務負担行為と歳入歳出予算の法的関係』(自治総研通巻399号 2012年1月号)35頁(http://jichisoken.jp/publication/monthly/JILGO/2012/01/hsato1201.pdf)
(注10)カジノIRジャパン・2019年10月5日「吉村知事 条例でIR計画の認定更新(IR整備法十条)の基準明確化へ~事業者の長期投資促進」(http://casino-ir-japan.com/?p=24121)参照。
(注11)シンガポール、マカオのカジノ事業者(IR事業者)への融資においては、EBITDAベースでは5年で回収されていると考えられる。
(注12)なお、シンガポールのIRのように、IR事業の開業前においては、コーポ・レートローンにより、開始後にシンジケート・ローンにリファイナンスされる可能性も十分ある。
(注13)脚注8参照。
(注14)脚注8参照。


渡邉 雅之 弁護士法人三宅法律事務所 パートナー弁護士

(略歴) (役職)
1995年:東京大学法学部卒業
1997年:司法試験合格
2000年:総理府退職
2001年:司法修習修了(54期)
弁護士登録(第二東京弁護士会)
2001年~2009年:アンダーソン・毛利・友常法律事務所
2007年:Columbia Law School (LL.M.)修了
2009年:三宅法律事務所入所
日本弁護士連合会 民事介入暴力対策委員会 委員
日本弁護士連合会 国際刑事立法委員会 委員
第二東京弁護士会 民事介入暴力対策委員会 委員
第二東京弁護士会 司法制度調査委員会
民法改正部会 委員
第二東京弁護士会 綱紀委員会 委員
(株)王将フードサービス 社外取締役(2014年6月~)
日特建設株式会社     社外取締役(2016年6月~)
政府IR推進会議     委員   (2017年4月~)

(主要関連論稿)
『カジノ法(IR推進法)の国会における主要争点(上)』(NBL1091号(2017年2月1日号)
『カジノ法(IR推進法)の国会における主要争点(下)』(NBL1091号(2017年3月1日号)

(関心を持った経緯と今後の研究)
もともと、銀行等の金融機関のコンプライアンスを中心に弁護士業務を行ってきました。米国留学時にラスベガスを訪問しましたが、日本において同様の統合的なリゾートができれば、経済発展に非常に資すると実感いたしました。
カジノは、金融規制、マネー・ローンダリング、反社会的勢力の排除など、「小さな銀行」といった性格があり、これまでやってきた業務に非常に親近性があります。 日本においてIR(カジノを含む統合的リゾート)を導入するにあたって、どのような規制を設けていくべきかという観点から研究を続けてまいりたいと思います。

カジノIRジャパン

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