全国初!選定IR事業者「クレアベスト」と和歌山県の皮算用(前編)

2021.07.15 / カジノ

IR誘致を目指す横浜市、大阪府・大阪市、和歌山県、長崎県の4地域の中で、6月2日、和歌山県が先頭を切ってIR事業者を選定した。その業者はカナダに本社を構えるIR投資会社のグループ会社「クレアベストニームベンチャーズ」(本社・東京都)。国内では聞きなれないこの業者はこれまでにどんな事業を展開し、和歌山の地でどんなIRカジノ構想を描いているのか。


和歌山で優先候補の1社が撤退 次点のクレアベストが繰り上げ

「新型コロナウイルス感染拡大による業界への甚大な影響と、世界中の膨大な数の企業における不確実性は今後も長期にわたり続く恐れがあること、また日本のIR区域認定手続においては、当初の予定よりも大幅に時間を要すると想定される中で、いまだに多くの事柄が不透明であることなど、事業者としてのリスクを鑑み、熟考の上で厳しい決断をするに至りました」

5月12日、和歌山県のIR事業における事業者公募(RFP)に応募していたサンシティグループホールディングスジャパンが突然、撤退を発表した。同社は社長である周焯華(アルビン・チャウ)氏の個人出資による独立系株式会社で、マカオに本拠地を置く総合エンターテイメント企業。マカオのカジノにおけるVIPサービス(ジャンケット業務など)で知られ、不動産開発や賃貸、ホテルやIRのコンサルティング、旅行サービスなどのほか、イベント興業、レストラン経営、映画制作まで関連企業は200社を超える。

2020年9月に和歌山事務所を新設し、和歌山IRについての認知を高める「和歌山IR2.0アンバサダー・プログラム」もスタートさせた同社は、今年1月15日締め切りの和歌山県のIR審査公募に応募。3回の選定委員会を経て4月20日の審査公表では優先権者候補とする評価を得ていた(図表1参照)。次点権者候補はクレアベストニームベンチャーズ(クレアベストグループの日本法人。以下略クレアベスト)。

しかし、その直後、冒頭のようにコロナ禍による事業の不確実性と日本IR認定手続の不透明さを理由にサンシティが辞退を決定、同社は最後に「和歌山県および日本の、このパンデミックからの一日も早い回復と、観光産業の発展の未来を実現されることを、サンシティ・ジャパン一同心より祈念申し上げます」とのコメントを残した。

ところがこのサンシティは今年2月、オーストラリアのカジノでマネーロンダリング(犯罪収益などの資金洗浄)に関与したとカジノ監督機関から指摘を受けたほか、中国本土で違法なオンラインカジノを行っていたなどと報じられている。そのため今後、和歌山のカジノ運営企業として国に免許を申請しても、こうした事情で取得できない可能性も懸念されていたのである。

県の企画総務課IR推進室は、「そうした事情については報道などで承知しており、予備審査で問いただしている過程で、先方から撤退表明があった」と話しており、疑惑の真相は藪の中だ。

 

出典/和歌山県IR基本構想(改訂版)

 

地方都市でのIRに関心を示し逆風に勝機をつかんだ投資会社

優先権者候補の撤退により次点権者候補だったクレアベスト1社だけが残った。この撤退を受けて、IR誘致を推進する仁坂吉伸和歌山県知事は5月18日の定例記者会見で「(残り)1社を選ぶかどうかということになったので、(選択肢がなくなり)痛いなという感じがする」と感想を述べた上で、「選ばないということは、IRはギブアップしたということになる」「こういう大きな投資案件、雇用・所得拡大につながる案件はめったにない。チャンスは生かした方がいい」と意欲を示していた。

そして6月2日、県の審査基準を「満たしている」との理由からクレアベストが和歌山県で、全国の先陣を切って選定事業者となった。優先権者候補への選定を受け、クレアベストのロベール・ヴェルディエ代表は「美しい自然と豊かな文化に恵まれた和歌山の地にふさわしいIRを実現すべく、努力していく」とのコメントを発表し、近く県内に事務所を開設することも明らかにした。

カナダのトロントに本社を置く投資会社クレアベストグループはカナダやアメリカ、チリなどのカジノ、IR、リゾート開発に投資家・運営者の立場で関わっているほか、インドやイギリスではオンラインゲーミングやeスポーツのビジネスも手がけている。同グループは2013年ごろより日本でのIRビジネスに着手していたと見られ、2017年に苫小牧市や佐世保市など、地方部をターゲットにしたIRライセンス獲得を目指して日本法人のクレアベストを設立した。その後、2018年に苫小牧市がIR構想を発表して以降、2019年11月29日の道議会本会議で鈴木直道知事がIR誘致の撤退を宣言するまで同社が候補事業者として本命視されていたという。

日本型IRのビジネスサイトJaIRのインタビュー記事(2020年6月4日配信)で同社取締役のプラシャント・グプタ氏は「豊かな自然、すばらしい食材、パウダースノー、どれも魅力的だったし、(新千歳)空港からも15分で、大都市(札幌)からも1時間と近い。でも、残念ながら実現しなかった」と悔やんでいる。

一方で同社は2017年から和歌山県にもアプローチしていたが、交通の便が課題だったようだ。同じくJaIRの記事によると、「大阪から電車で1時間40分~2時間はかかるし、関空までも40分かかる。クレアベストの投資基準からするとオーバーしてしまう」(グプタ氏)。しかし、北海道がIR誘致から降り、大阪IRの投資規模が大きく上がってきたことで、MGM・オリックス連合以外のオペレーターが横浜に舵を切ったため、状況が変わってきた。「夢洲にこれから価値を作るのは大変だが、その点、和歌山のマリーナシティはやりやすいと考えた」(グプタ氏)とコロナ禍による環境変化により、同社が和歌山に勝機を見いだしたことを伝えている。

また、大手IRオペレーターの多くが売上の減少に苦しむ中で、同社の投資金額においてゲーミングは4割に過ぎず、「インディアナポリスとシカゴのカジノを売却したので現金があり、イギリスとインドの事業はオンラインなので影響ない」(グプタ氏)とも伝えている。

 

 

マカオのカジノ王の息子も参加「eスポーツ界の中心に」

このクレアベストとコンソーシアム(共同事業体)を組み開発と運営に携わるパートナー企業が日本の「AMSEリゾーツジャパン(以下AMSE)」と仏カジノ大手「グループ・パルトゥーシュ(以下パルトゥーシュ)」である。

6月2日に選定事業者に決定した投資会社クレアベストがどの企業をパートナーとするのか注目されていた。同社は提携に伴うプレスリリースで「AMSEとグループ・パルトゥーシュの参加により、コンソーシアムにはIR開発および運営に関して世界でも有数の知見を有するチームと、ヨーロッパで最も有名なゲーミングおよびリゾートオペレーターの専門チームが加わることとなります」とPRしている。

AMSEは日本に拠点を置くIR開発およびマネジメント会社である。そのCOOを務めるのは米最大手ラスベガス・サンズ社(以下LVS)の元社長であるウィリアム・ワイドナー(WilliamWeidner)氏と、同氏が設立したGaming Asset ManagementのチームLVS国際事業および建設部門の元社長であるブラッドリー・ストーン(BradleyStone)氏、Melco Resorts & Entertainmentの元COOおよびLVSのインターナショナル事業の元副社長であるゲイリー・サンダース(Garry Saunders)氏、並びにeスポーツ分野の起業家であり、マカオのカジノ王スタンレー・ホーの息子であるマリオ・ホー(Mario Ho)氏が参加している。

ワイドナー氏とそのチームは、シンガポールのマリーナベイ・サンズや、マカオとアメリカにおけるLVSのリゾートなどの、世界有数のIR事業の開発や運営を行ってきた。また、ホー氏はiDreamsky(※脚注)の上場といったデジタルゲーミング出版や、eスポーツ分野における起業家としての経歴を持ち、アジア最大のeスポーツクラブの開発を手掛けている。なるほどクレアベストが「世界でも有数の知見を有するチーム」と胸を張るのもうなずける。その中でもホー氏は「私たちのチームのノウハウを有効活用し、和歌山県のIR施設をさまざまなクラブの拠点として使用することで、和歌山県を日本のeスポーツ界の中心にしたいと考えています」と述べている。

一方、コンソーシアムのゲーミング・オペレーターとなるグループ・パルトゥーシュは、フランスのパリ、ニース、リビエラ、リヨンやスイスのジュネーブなどヨーロッパを中心に、42カ所でゲーミング施設を運営するフランスのカジノ大手。そのビジネスは、ホテル、レストラン、ゴルフコース、スパ、ビーチの運営など多岐にわたっている。

同社は日本のIRにも早くから関心を示し、カジノゲーミングマシン開発・販売、フィンテック、不動産事業などを手掛ける日本のピクセルカンパニーズと組み、長崎のIRに参画してもいた。今年2月、ピクセルカンパニーズと業務提携したTTLリゾーツ(本社・東京都港区、津村靖権社長/以下TTL社)、およびパルトゥーシュはONE KYUSHU (代表企業名:株式会社 TTL社)という名称で長崎IRに参加登録。アンバサダーに五輪金メダリストのプロ体操選手で長崎出身の内村航平選手を就任させるなどで話題を集めたが3月の1次審査の結果、落選している(左記/IRへの参加を表明しているその他府県の審査状況参照)。そして、そのピクセルカンパニーズと業務提携しているTTL社はAMSEの関連法人(本社住所、社長名同じ)である。つまり、ONE KYUSHUのメンバーが3月の落選を受けてそのままクレアベストの和歌山に移行したと考えられる。

 

果たして、和歌山市が描くバラ色の未来は実現するのか?(後編へ続く)

和歌山IR, クレアベスト, サンシティ, IR推進