なぜ「キャッシュレス化」か?〜パチンコ業界にとっても、古くて新しいキーワード〜

2021.05.09 / コラム

現金を使わずに、日々の買い物やサービスの決済を行い、そのデータが集まることによって効率的な経済が達成される。停滞している日本において、「キャッシュレス化」にかける期待は高まっているが、同時に、その実現にはさまざまな障害がある。それを真正面から見据えた上で、なぜキャッシュレス化なのか? キャッシュレス化の進展には何が必要なのかをいまいちど確認しておきたい。


一般社団法人日本遊技関連事業協会(日遊協)は3月に行われた定例理事会で、令和3年度の事業計画および重点推進事項に「キャッシュレス社会への対応研究」を追加した。さらに、その一環として手始めに、一般社団法人キャッシュレス推進協議会の団体会員に日遊協として加盟する案が上程され、決議された。

この動き以前からも、「キャッシュレス化」に対応していくことが課題であるという認識はパチンコ業界の中でも広く共有されており、業界団体のセミナー・勉強会などでも話題に取り上げられてきた。ホール企業や関連機器メーカーも、「キャッシュレス化」による商機の創出を見込んで独自の調査を積み重ねていることだろう。

そして、業界人として以前に、キャッシュレス決済を利用する1ユーザーとして、この社会の動きに興味を持つ人も多いはずだ。

日本政府もキャッシュレス化の推進を経済成長のための重要な手段だと位置づけており、2017年11月から2018年3月にかけて経済産業省が取りまとめた「キャッシュレス・ビジョン」では、大阪・関西万博(2025 年)までには40%、さらに将来的には80%の決済をキャッシュレスに切り替えていくことを目標に掲げている。

 

「世界各地で興りつつあるキャッシュレス文明」?

この「キャッシュレス・ビジョン」(経済産業省)では、キャッシュレス化の進展を客観的に比較するために「キャッシュレス決済比率」という指標を導入している。

この指標を用いて、キャッシュレス化の進展度合いを国際比較したのが図1である。諸外国と比べても、日本の値が際立って低い水準にとどまっていることが分かる。

そのデータや諸外国の事例を踏まえる形で、「キャッシュレス・ビジョン」では、「各国ではデジタル革命に伴う、通貨改革から生まれた『キャッシュレス文明』が興りつつある」(図2)と現状を分析。日本もその流れに遅れてはいけない、何か対策を打って、わが国でもキャッシュレス化を進めなければならない、という結論を導いている。

ここでいう「キャッシュレス文明」という言葉には、以下のような理想の社会のイメージが込められていると見られる。

つまり、現金を使わない、何らかの統一的な決済のシステムが国民社会全体に広く普及しており、それにより、消費者は現金のやり取りという煩雑な作業から解放され、商店や事業主は出納の管理を決済と連動したワンストップのシステムで行うことができる。また、そのシステムにより社会全体のお金の支払いに関するデータが有効活用できるようになる。その結果、各部門の生産性が上がり、徴税額も正確に把握できる。それだけではなく、データを売り買いする新たなマーケットもできる。最終的には経済全体の成長にもつながる、ということである。

お隣のキャッシュレス大国である中国では、実際に正式な法定通貨として、中央銀行がデジタル人民元を発行する計画すら進んでいるほどだ。

 

図2:キャッシュレス文明のイメージ 出典:経済産業省、検討会事務局資料(第七回)

 

 

キャッシュレス決済普及に立ちふさがる障壁

「キャッシュレス化が進むと便利になって良い社会になる」と、一概に決めつけてしまうことはできない。事業者・消費者にはそれぞれの都合があり、一致してキャッシュレス社会を目指そう、という流れにはなっていない、というのが実情だ。

まず事業者にとっては、キャッシュレス決済に必要なICカードリーダーのような諸設備を導入するのに少なくない額の初期費用がかかる、というのがネックになる。

日本で一時期急拡大したQRコード決済には、お店側の初期費用が少なくて済むというメリットがあったが、セキュリティー上の懸念やインバウンド需要へ対応できないなどの固有のデメリットも目立つ。

一方、QRコード決済が認知され始めた時期には、シェアトップを目指したい各社がキャッシュバックキャンペーンなどを実施。利用者には歓迎されたが、事業者には、導入の費用や労力に加え、慣れない利用者からのクレーム対応など、さまざまなオペレーションコストもかさんだ。

また、利用者にとっては、キャッシュレス決済サービスが乱立し、また、クレジットカードなども含めてそれらが一切使えないお店も多々ある現状では、複数の決済手段を持ち運びつつ、さらに万一のために現金も携帯しないといけないという、効率的とは程遠い状況となっている。

また、キャッシュレス決済につきものの、キャッシュレスサービス提供会社に支払う手数料を、お店側とお客側のどちらが負担するかという問題も根強く残っている。現状の商慣行では、お店側がサービスを利用する加盟料という形で支払っていることが多いが、キャッシュレスの恩恵を受けるのがお店側だけではなく消費者でもあることを考えると、一方にコストを押し付け、そのためにコストを押し付けられた側がキャッシュレス設備の導入をためらうという状態は改善の余地があるだろう。

中小の小売店やレストランにとっては、すぐに現金化がされないことによるキャッシュアウトの恐怖も切実だ。

結局、キャッシュレス決済に関わるすべての人が納得し、メリットがある仕組みが成立しない限り、社会全体の変化は起こり得ないのである。

 

パチンコ「キャッシュレス化」の恩恵を精査すべきだ

一方、国民経済全体の成長に関心をもち、世界に遅れないことを望む日本政府には、個々のステークホルダーのデメリットを押し切ってでも、「キャッシュレス化」を進めたいという意思がある。

そのため政府は、キャッシュレス化を進める産業や事業者に対して、設備投資の補助金を出したり、キャッシュレス決済を利用した消費者に直接ポイント還元を行うなど、積極的な財政政策を行なっており、その流れに乗ることや、少なくとも社会の変化に乗り遅れずにいることがパチンコ業界としても得策であることは想像に難くない。日遊協の積極的な姿勢の背後にはそういう考えがあるだろう。

しかし、先に述べた通り、キャッシュレス化の一律な進行が全体に効率化をもたらすとしても、必ずしも、その途中で関わるすべての事業者・消費者が納得できる過程が踏まれるとは限らない。

まずはユーザーに着目してみよう。パチンコの「キャッシュレス化」の議論では、パチンコユーザーのメイン層である中高齢者層がついていけなくなるのでは、という懸念が指摘される。

しかし、キャッシュレス社会についての賛否は必ずしも年齢によって大きく別れるわけではないようだ。図3は博報堂生活研究所が行った、キャッシュレス決済への賛否を問うアンケートである。

 

 

これによると、「キャッシュレス社会になったほうが良い」と答える割合(2017年)は約50%で、世代ごとに大きな変化はない。

その2年後の2019年の調査でも同様に世代差はみられないが、社会の意識の変化によってか、賛成の意見は10%程度どの世代でも増加している。高齢者ユーザーの存在を言い訳にせず、「キャッシュレス化」に向けて取り組むべき時がパチンコ業界にも来ていると言えるだろう。

一方、ネックとなるのは事業者、すなわち個々のパチンコホール企業である。市場の縮小、コロナ禍、新規則機への入れ替えを経て生き残ったホールには体力の格差があり、その上でキャッシュレス決済に対応する設備投資を業界全体として受け入れるかどうかについて一枚岩になることは難しいだろう。一枚岩になれない限り、新しいシステムへの移行はスムーズにはいかない、というのは現在の旧規則機撤去をめぐる駆け引きを見ていても分かる通りだ。

しかし、店舗や交換所を狙う犯罪の抑止、依存症対策、会員カードの機能との連携など、パチンコホールがキャッシュレス対応するメリットは決して小さくない。

誰にとっても納得のいく「キャッシュレス化」を行うために、日遊協のこれからの動きに注目が集まる。

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