熊本、復興と改革の最前線(第1部) 令和8年熊本地震地域を支えたパチンコホール①
2026.09.20 / ホール最大震度6強を記録した令和8年熊本地震。県内ホールの7割超が被災するなか、各店は避難誘導に追われ、自ら傷つきながらも水やトイレ、駐車場、雇用を地域へ差し出した。3店舗の証言から災害現場の判断と支援をたどり、熊本県遊協への取材を通じて被害の全容と復興への課題を追った。
CASE01・《テンガイ宇土店》
暗闇から始まった闘い被災ホールが地域の「命綱」に
スタッフが最も多く、客が少ない時間だった
地震発生と同時に、テンガイ宇土店の電気は一瞬ですべて落ちた。店内は暗闇に包まれ、天井パネルや照明器具が落下。照明器具は遊技台の島に引っかかり、客への直撃は免れたものの、ガラスの破損や装飾物の転倒も重なり、余震による二次被害がいつ起きてもおかしくない状態だった。
大きな人的被害を免れた背景には、発生時刻も関係していた。店舗側は早番と遅番が入れ替わる時間帯で、1日の中でもスタッフが最も多かった。一方、朝から来店していた地元客が帰り始め、仕事帰りのサラリーマンなど夕方客が入る前の端境期で、客数は比較的少なかった。
「スタッフは一番多く、お客さまは少ない時間。それが不幸中の幸いでした」。甲斐マネージャーはそう振り返る。同店は730台規模の平屋で、出入り口は5カ所。避難経路には恵まれていたが、激しい揺れに腰を抜かし、自力で動けなくなった高齢客も複数いた。甲斐マネージャーがメガホンで退店を呼びかけ、スタッフは手や肩を貸して出口へ誘導した。
一度避難を終えた後、甲斐マネージャーらがトイレを含む店内を確認すると、落下物に阻まれて逃げ遅れた客2人を発見した。余震への恐怖を抱えながら、床や椅子に散乱したパネルの上を渡って救出した。停電で遊技データも確認できず、ICカードの残額や持ち玉を後日精算するためジャグラーの角から3台目」といった客の記憶を頼りに、台の位置、氏名、連絡先、出玉数を一人ずつ記録した。
10年前の経験が導いた「食事より水」
震災後、宇土周辺では水道水が茶色く濁り、飲料水として使用できるようになるまで1週間以上を要した。甲斐マネージャーの自宅も断水した。そこで思い起こされたのが、10年前の熊本地震で系列店が行った炊き出しだった。今回は「食事より、まず命に関わる水を」と判断し、震災から2日後に企画を発案、4日後の8月1日に配布を始めた。
被災地の小売店での買い占めを避けるため、自動販売機会社や取引先メーカーへ協力を要請。福岡のメーカー所長が自ら車で水を運ぶなど、短期間に支援が集まった。約40度の猛暑のなか、メーカーや業界関係者が休日を返上し、重い水の運搬や袋詰めを担当。テンガイ側も経営幹部を含めて住民への手渡しに当たった。
配布した飲料水は約1500セット。1セットを計5リットルとし、家族の人数に応じて柔軟に渡した。菓子やカップ麺、レトルト食品に加え、断水で入浴できない住民へ体拭きシートや冷却シートも提供した。情報はXで広がり、兵庫県に住む息子から聞いて初めてホールを訪れた高齢女性もいた。「18年間働いてきて、一番感謝された」
その言葉が、地域にとって水がどれほど切実だったかを物語る。
約40度の猛暑の中で2日間にわたって飲料水約1500セット、1セット5リットルのほか、菓子類やカップ麺、体拭きシートなども地域住民に提供した。
骨組みだけの店内から再起を目指す
店舗は警備システムを作動できず、盗難を防ぐため設備や備品を急いで搬出した。漏電確認にも時間がかかり、店内には島の骨組みだけが残った。改修費や休業損失を含む被害は計り知れない。多くのスタッフは自宅待機となり、一部は約20キロ離れた系列店へ、渋滞のなか片道1時間半をかけて通った。
休業補償があっても、「家にいることがつらい。早く本来の仕事に戻りたい」と訴えるスタッフは少なくない。再開後は耐震補強だけでなく、島上部のPOPやタペストリーの固定も見直す。目指すのは被災前へ戻ることではなく、災害時にも地域が頼れ、平時には安心して集まれる店をつくり直すことだ。
CASE02・《モナコパレス八代店》
トイレ、物資、そして雇用。店舗資源を復興へ
モナコパレス浜線店(熊本県熊本市南区田迎3丁目10−1)
耐震設計が施設開放を可能にした
震度6強の揺れに襲われた八代地域では、近隣店舗で天井崩落などの被害が出た。モナコパレスでも壁のひび割れや剝がれ、パチスロ島の傾きは確認されたが、建物の致命的な損壊は免れた。天井を支える吊り部材を通常の約3倍使用し、梁から強固に固定する設計が被害を抑えたという。安全確認と復旧を早期に進められたことが、その後の施設開放にもつながった。
地下水のトイレと5300本の水
断水下で深刻だったのがトイレ問題である。同店は洗浄水に地下水を利用していたため、店内トイレと休憩スペースを住民へ開放。屋外から24時間使える仮設トイレ5基も入口付近に設置した。
佐賀県パチンコ・パチスロ店協同組合から「被災地で物資を配りたい」との申し出を受けると、駐車場を配布会場として提供。8月18日、水約5300本と携帯トイレ約4300個などを用意し、佐賀側の関係者約15人と、岩下社長、専務、社員らが運搬と配布に当たった。SNSを見た住民が予定より早く集まり、開始を約1時間半前倒し。本社の備蓄水も追加し、約4時間ですべてを配り終えた。「こんなにもらっていいのですか」と涙を流す住民もいたという。
珍しい「仕事と住まい」の緊急支援
支援は目先の物資にとどまらない。岩下兄弟は8月26日、仕事や住まいを失った被災者を対象に「緊急求人」を発表した。熊本・宮崎の店舗や事業所で、正社員、契約社員、パートを年齢・経験不問で募集。店舗スタッフや清掃などの職種を用意し、勤務先によっては社員寮も提供する。
履歴書をすぐに用意できない場合も相談を受け、面談から勤務開始までを迅速化。被災状況や家庭事情、行政手続きを考慮して開始日も柔軟に決める。岩下洋三代表取締役は「単に求人を出すのではなく、働く場所と安心して生活を始められる環境を提供したい」と語る。被災直後の水は命をつなぎ、雇用と住まいはその先の生活再建を支える。ホール企業が自社の雇用力と社員寮を一体で差し出した、意義ある復興支援である。
岩下兄弟は8月26日、熊本地震の影響で仕事や住まいに困っている被災者を対象とした「緊急求人」を実施すると発表した。
(以下、令和8年熊本地震地域を支えたパチンコホール②へ続く)
LINE




