2021年4月25日から今にいたるまで、日本では緊急事態宣言が続いている。きっかけとなったのは大阪府での新型コロナウイルス感染拡大と医療体制の逼迫だ。当初は「まん延防止等重点措置」で抑え込もうとしたものの失敗。その後、京阪神2府1県と東京都で緊急事態宣言が出され、6月に差し掛かるころには「緊急事態」10都道府県+「まん防」9県まで拡大した。
市民への外出自粛要請、企業へのテレワーク推奨といった施策は取られているものの、それらはあくまでお願いベースにとどまっている。緊急事態宣言とまん延防止重点措置の実効的な部分は、違反者への罰則が法律で定められている「施設への使用制限」、つまり営業時間短縮や休業要請だ。
しかし、この時短・休業要請に対しては、対象となった事業者から批判が相次いでいる。もちろん、新型コロナウイルス感染症に対しての対策が必要であり、その対策の中に、営業権の制限が含まれることに異論のある者はほとんどいないだろう。問題となっているのは、対象となる業種の線引きが、これまでのクラスター発生歴や感染リスク、また、実際にそれぞれの業種で行われている感染対策の取り組みを無視した、不透明なやり方で決められていることである。
そんな中、理不尽な休業要請に対して声をあげた業界がある。ひとつは百貨店業界だ。その業界団体である「一般社団法人日本百貨店協会」は5月6日、緊急事態延長検討の報道を受けて、「『緊急事態宣言』延長に伴う百貨店等大型商業施設への対応について(要望)」と題されたニュースレターを発表した。
そこでは、「百貨店へのさらなる休業要請は、生活インフラとして再開を求める顧客要望や従業員の雇用不安、更には取引先の業績悪化等を勘案しますと極めて厳しいものと受け止めざるを得ません」と述べ、百貨店の現状への理解を求めるという形で、実質的に休業要請の緩和を訴えた。
同じ5月6日に声明文を発表したのが「全国興行生活衛生同業組合連合会」(全興連)である。映画館・劇場の業界団体である全興連は「皆様へ」と宛てられた声明文の中で、映画館の休業により近隣圏への人流が発生するリスクを指摘した上で「一定の制限下の元で緊急事態宣言下でも営業を続ける陳情をして参ります」「他業種に比しても非常に厳しい要請をされている現状の是正も訴えていきたいと考えております」と発表した。
その後、政府は5月12日以降の緊急事態宣言について、酒類・カラオケを提供する飲食店などを除く多くの商業施設に対しては、20時までの営業時間の短縮を求めるという緩和された方針を示した。しかし、各都道府県には裁量の余地が残されており、結果として東京都をはじめとする一部の宣言対象地域では商業施設への休業要請が据え置かれた(この休業要請にもパチンコ業界は含まれていた)。
それに対し、全興連は「映画を愛する皆様へ」と宛名書きされた声明文を5月11日に再度提出した。声明文では、「今回の非常に残念な措置を受けたことは理解することが難しく、東京都ご担当者に繰り返しご質問をさせていただきました。そのお答えは、『人流を抑えるための総合的判断』『感染症のリスク上の線引きではなく、人流抑制を目的としたもの』以上のものをお示しいただくことができず、我々の期待したお答えをいただくことはできませんでした」と、東京都の対応に疑問を呈しつつ、「今まで以上に東京都様に我々の感染対策を説明し、一日も早くご理解を賜る努力を続けてまいります。従来からの皆様のご愛顧、ご支援に感謝を申し上げるとともに、引き続きのご協力を何卒よろしくお願いいたします」と、団体としての立場を示し、ファンを含めた広く社会に理解を求めた。
その後、6月1日〜20日まで、緊急事態宣言の再延長が決まる。だが、その際には休業要請の緩和が行われた。主な業種の休業・時短要請をまとめたのが下記の図表である。これを見ると、声を上げた業界を中心に、要請のレベルが一定程度緩められたことが分かる。
これを受けて日本百貨店協会は5月29日にさらなるニュースレターを発表、「当協会では、対象地区における深刻な感染状況を重く受け止め、 営業にあたっては、地域の実情を考慮しつつ、これまで以上の緊張感をもって、より一層の感染防止対策の徹底等、強力な体制を整備し、お客様と従業員の安全・安心の確保に努めてまいります」とし、新たな措置のもとの営業方針を示した。
では、この緩和措置は各業界団体の言い分が認められたということを示すものなのだろうか? 業界として発した声に対して行政からの何らかの返答はあったのか? 百貨店協会に問い合わせたところ、「行政からの特別な説明はなかった」とのこと。
同じく全興連も「行政から返答という形でアプローチがあったわけではない。緩和という結果がただ示された」というが、その上で5月31日に発した声明文では「報道にもあります通り、東京都では収容率50%まで、営業時間21時までの営業をご承認いただき、加えて大阪府では土日の休業のご要請は受けているものの、制限下での営業をお認めいただきました。私たちの主張をお認めいただいた行政関係の皆様に感謝申し上げるとともに、今回私たちの主張に力強く後押ししていただいた映画関係者の方々、そしてなにより多くの励ましをいただいた映画ファンの皆様に対して深く御礼の言葉を申し上げます」と、声明に対する結果を取りまとめた。
さらに興味深いのは、マンガ喫茶・ネットカフェなどが含まれる複合カフェ業界の事例だ。複合カフェは形式上は飲食店に含まれるのだが、右ページ表に示したように、営業時間短縮などの要請を受けていない。 関係者によると、これは、ネットカフェが住む場所がない人々の受け入れ場所として機能しているという社会的実態に基づく例外的な措置だという。
実際、2020年に行われた最初の緊急事態宣言では、他の多くの商業施設と同様、複合カフェ事業者も休業を行ったが、それにより夜を過ごす場所を失う人々の問題が行政にも共有された結果、2回目以降の緊急事態宣言では他の飲食店とは異なる措置が示され、それが今回も継続しているという。「業界としても行政と意見交換を行い、担当者レベルでは理解を示してくれていたようです」と関係者は語る。
不透明な休業要請に対して業界団体が声を上げることに意味はあるのか? 直接行政からの返答は期待できず、結果が天下り式に与えられているように見えるかもしれないが、臆さずに声を上げ、業界の言い分を伝えることは決して無意味ではないとわかる。
ただ、業界の言い分を伝える「戦略」については慎重な検討が必要だろう。実際に今回声を上げた百貨店と映画館についても、声明のトーンや方向性には多少の違いが見られた。
百貨店協会の発したニュースレター(5月6日)では、休業に対応した各社から聴取した「百貨店は感染予防対策を行なっており安全」「(規模の要件を満たさないため営業を継続する)路面店もあり、百貨店の休業がどれほど全体の人流の抑制に寄与しているのか」といった意見を提示し、「感染対策を徹底しつつ、可能な限り営業を拡大して参りたい」と、生活必需品売り場の解釈によっては営業を拡大できるという背景をもとにしたと思われる強気な姿勢を打ち出している。
一方、全興連は声明を向ける相手を行政ではなく「映画を愛する皆様」と位置づけ、映画の配給会社・制作会社・出演者・スタッフの陥っている苦境について触れつつ、緩和を求める全興連のスタンスに広く理解を求めるという形をとった。
パチンコ業界でも、ホールの換気性能やクラスター発生事例がないことといったエビデンスをもとに、行政への訴えかけを業界団体が行っている。
業界ごとに社会的な立ち位置や置かれている環境、これまでの取り組みが異なる以上、声明の出し方にたった1つの正解というものはない。しかし、他業界の取り組みを参考にしつつ、今後ありうるさらなる緊急事態宣言に備えることが大事だろう。
また、個店個社ではなく、業界として意見を発信できる強みを維持し続けるには、業界団体を中心とした業界の結束が必要だ。旧規則機撤去問題で足並みがそろわず、組合員資格停止といった事態が散発的に続くパチンコ業界であるが、今一度、組合として結束する意義を再確認するときではないだろうか。