立志伝 城山朝春(ミカド観光株式会社 常務取締役)

2019.09.12 / 連載

元エンジニアが挑む
ホール経営と新規事業

 

 

貸玉営業のパイオニア老舗企業が決断した背景


ミカドの屋号で愛知県を中心にパチンコホール10店舗を展開するミカド観光。...

元エンジニアが挑む
ホール経営と新規事業

 

 

貸玉営業のパイオニア老舗企業が決断した背景


ミカドの屋号で愛知県を中心にパチンコホール10店舗を展開するミカド観光。1964年、遊技機メーカーだった創業者(先々代)が愛知県中村区に第一号店を開店してから55年の歴史を持つ老舗だ。
ホールは愛知県に7店舗、岐阜県に1店舗、関東圏に2店舗あるが、設置台数がもっとも多い店で718台、少ない店だと227台、平均すると300台〜400台クラスの中規模店が中心だ。
貸玉も旗艦店である吉良吉田店、半田店、大曽根店の3店を除き、低貸玉専門店が多く、全国的にはあまり見かけない1玉2円の店舗も3軒ほどある。

これは同社が低貸玉営業のパイオニア的企業であることに由来している。2005年9月、チェーン店の中で1番小さく(総台数240台)、弱かった店舗を1玉2円、メダル1枚10円という半貸営業に切り替えた。
当時、社長(現会長)の城山稔央はこう話している。

「5号機問題やパチンコの射幸性の低下を突きつけられ、07年までに新規則機へスムーズに移行するにはどうしたらいいかシミュレーションをしました。ホールの現場では、お客さまが減る一方、遊技機の入れ替えは年間で1.8回ほどになっていて、このままでは経営が立ちいかなくなる。それならばダメで元々、いっそのことレートを変更してみようと決断したのです」

この頃、国内経済の低迷や給与格差などが広がり始め、「ある程度の勝算を見込んでスタートした」が、フタを開けてみると大きく落ち込んだという。しかし、しばらくすると客層が変わりはじめ、日を追うごとに稼働は上昇、店内の雰囲気も穏やかになっていったという。

 

結婚を機にエンジニアからドラスティクな転身


その後、低貸玉営業は全国に普及。もはや差別化ではなくホール営業には不可欠な要素となり、今日に至っている。ミカド観光も厳しい競争にさらされる中で1玉2円、1枚10円から思考錯誤を繰り返し、その地域や客層、店舗にあったさまざまな貸玉料金による営業を行ってきた。
それでも同社の売上は徐々に下降線を描き、「過去最低の業績」となった2011年に入社してきたのが城山朝春である。

「そもそも自分はまったくの畑違いなんです。工業大学を出て大学院で学び、卒業した後は医療系エンジニアとして世界でも数社しかない内視鏡を作る会社で働いていました。パチンコもほとんどやったことはありませんでした」

しかし、わずか2年で同社を退社する。きっかけは、学生時代に知り合った〝妻〟との結婚だった。妻の姓は「城山」といい、現会長・稔央の1人娘だったのである。

「結婚を決めた時、パチンコ店を継ぐことになるであろうことは予想していました。自分にできるのかという不安はありましたが、会長が『大丈夫だよ』と。何が大丈夫なのかいまだに分かりませんが……(笑)。まあ、エンジニアとはいえ、一介のサラリーマンですからいつか経営者になってみたいという夢もありました。また、パチンコに対するネガティブな先入観もありませんでした。パチンコ好きの友だちもいましたし、エンジニアだった父が遊技機メーカーの仕事を受けていた記憶もあります。それでも自分としてはエンジニアの仕事を10年ほどやってから(後継ぎを)と考えていたんですが、『結婚するなら早く来い』と言われて」

入社前は勉強のために愛知県のホール企業大手・夢コーポレーションへ。2009年からスタッフとして店舗で1年間ほど働いた後、本社の営業部門で遊技機の購買や数値の管理などを経験。合計2年ほど働いて経験を積んだ後、ミカド観光に入社した。

「当初は3年間、外で経験を積む予定だったんですけど。義理の父(現会長)から早く戻ってこいと急かされたんです。その理由は会社がどん底状態にあるからなんとか手を打たなければということだったようです」

 

 

PCSAで学んだ遵法営業と「娯楽」であることの大切さ


入社直後、会長の勧めでパチンコチェーンストア協会(PCSA)の会合へ参加した城山。

「初めの頃はよく分かりませんでしたが、『パチンコ業界はこうあるべき』ということを営業面や法律面からいろいろと教えてもらいました。大手企業の考え方や上場できる水準など、弊社は上場を考えているわけではありませんが、そうした高みを目指して遵法営業をやっていくべき、という考え方が最初の段階で入ってきたのは良かったのかなと思います」

規模ははるかに及ばなくても同じ会員企業であるダイナムやニラクなどから学ぶことも多く、そこから受け取った「パチンコ業をきちんとやる」「娯楽である」ことは常に心に止めていると城山はいう。

「娯楽として生き残るというのが自分のベースとしてあります。そこから離れていくとどんどん悪くなってくるというのは、この業界を10年ほど見てきて分かりました。キツイ機械になる程、お客さんもホールも歯止めが利かなくなる。その先には、お客さんのお金がなくなるのは誰が考えても分かります。その結果、お客さんが減り、規制も強くなる。それが顕著に表れたのがこの10年だと思います」

その反省の上に立ち、「パチンコは娯楽にしていかなければ生き残れない」として、こう話す。

「年末には高射幸性機種の撤去がありますが、その影響は限定的だと考えています。そして、それは長い目で見ればいいことだと思っています。パチンコ業界の縮小は避けられませんが、この先も続いていくはずです。その中で、時代に合わせて変化していかなければなりません。今後、AI化や機械化によって人の仕事は減ってくるでしょう。そうなってくると余暇の時間は少しずつ増えてくるので、少ないお金で長く遊べる娯楽のニーズは高まるのではと思っています。その意味で身近にあるパチンコやパチスロはより必要とされるのではないでしょうか」

さらに城山は今後、多種多様なゲーム性の遊技機が登場したり、オンラインで遊べるようになったりする可能性にも期待を寄せた。

 

 


続きは9/15発行のPiDEA Vol.157で 

 

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